2016年09月09日

夢から醒めたブロガー

Pop is dead.・FacebookもLINEもやめた。私にとって価値があるとは思えず、LINEに至ってはむしろ私の生活にとって害悪だと感じたからだ。
・Facebookというのは私にとってはブログのような物で、リアルの知人と少しマニアックな会話ができるかと思ってやってみたが、私が期待するような面白い話をFacebookに上げている知人はいなかった。まあ大抵は子供の写真だ(私は「あなた自身」をフォローしているのであって「あなたの子供」をフォローしているわけではない!と何度心の中で叫んだことか)私の知人にも話の合う人、面白い情報や話題を持っている人は居るのだけど、どういうわけだかそういう人はFacebookをやっていない。しばらくやっていたけど「くだらねえ」と思ってアカウントを凍結した。
・で、LINEだ。グループというものを活用すれば面白いのかも知れないけど、基本的にはFacebookと同じでやり取りされる情報に価値があるとは思えなかった。そしてスタンプなんて、あんな物よく恥ずかしげもなく使えると思う。そして何より「LINEを常に見ていることを前提に」緊急性の高いメッセージを送ってくる人間が複数いたので「これは害悪だ」と判断してアプリケーションごと削除した。そもそも電話というのは「相手の都合を無視して、相手の時間を横取りする道具」なわけでしょう。携帯電話なんてその最たる物だ。電話やショートメールだけでもストレスになっているのに、更に「常に見ていることを前提に」されるものが増えるなんて、これは生活の質をどんどん落とすことになる。

・そういう経緯があって、やめて以来もたまに「なんであの人たちはああいう無価値な日記を垂れ流すのだろう」ということを考えていた。無価値というのは「レベルが低い」という事ではなくて「今日はBBQ〜♪」とか「今日は息子の運動会でした☆」という投稿は、レベルの高低の問題ではなく「自分の考えたこと・感じたこと」を何も表明しておらず「だからなんだ?」という感想しか持てない、というのです。
・リアルな知り合いだからこそ当たり障りのないことしか書けないとか、いろんな理由があるんだろうけど、それにしたってもう少し何とかならんのか?何であんなにつまらないことしか書けないんだろう?と、たまに考えていた。で、今日、突然わかったような気がしたわけです。

・『彼ら』はSNSを「メディア」ではなく「インフラ」として使っているのだ。

・言葉の使い方が私流のような気がするので整理しておくと、例えばメディアはテレビ、インフラは電話です。メディアというのは媒介される情報・コンテンツに重きが置かれ、インフラはコミュニケーションのための仕組みとして存在し、いつでも使える状態であることが重要、というようなニュアンスです。
・僕とインターネットとの関わりを顧みると、FTPを使ってホームページを管理する時代から小さな(誰も来ないような)webページを作って、2004年からブログを作って遊んでいるわけですね。そういう人間からすると「Web=メディア」なんですよ。それも第三者に向けて開かれたメディアなんです。第三者が見てある程度面白がれたり、ためになったりするような事を書こう、という事は多少なりとも意識してきたわけです。Twitterをやるようになってその姿勢は弱くなったという自覚はあるものの、しかしそういう態度でいなければいけないと思う。
・ただ『彼ら』にとってFacebookやLINEというのはテレビのような存在ではなく、電話なんです。つながっていることが重要なわけで、高校生や恋人たちが、第三者からすると何の価値もないような雑談に興じるのと同じように、やり取りされる情報に客観的な価値があるかどうかなんて関係ないのです。つまり極論すれば「友達」という関係性が重要なのであって「そいつが面白いことを言うか」というのはさほど重要ではない、という事です。無価値だから雑談をするな、という気は毛頭ないんだけど個人的には「それってWebが生まれる前からあるものだよね」という違和感があるんですよ。使ってる人からすれば何だかんだ言われる筋合いはないと思うんです。有線電話→ポケベル→携帯電話→SNSと技術が入れ替わっただけで、本人たちにとっては当たり前のコミュニケーションを取っているだけなんです。しかし飽くまでも「Web=メディア」として接してきた私はどうしても違和感を持ってしまうのです。

・で、Twitterなんかはこの「メディア」と「インフラ」が不幸な形で融合したものなんではないかなあ、と私なぞは思うわけです。若い人に多いんだけど、第三者から見られていることを意識していないTwitterユーザがかなりの数、存在する。そういう人はTwitterを主に「インフラ」として使っているわけですよね、友達との会話や内輪ネタをやり取りする仕組みとして使っている。しかし一方で友達が投稿したものか否かに関わらず「面白いネタに食いつく」という「メディア」的な使い方もする。つまり妙な閉鎖性を持った、しかしオープンな情報が流れているわけです。閉鎖性があるから変に安心感を持ってしまい、オープンな場であるから「目立ちたい」という心理が働く。そしてまたオープンであるから悪い情報もすぐに拡散する。こういうのがTwitterで炎上が多発する理由でしょう。

・ここまではすごく一般論的な「そんなことみんな分かってる」という話なのかも知れん。文章にすると我ながらあまり面白い話ではないが、しかし今日突然「メディアとインフラ」というキーワードを元に「Facebookなどでどうでもいい話をする人」のことが分かった気がしたのだ。
・で、ここからなんですが「じゃあ将来的にWebの世界というのはどうなってゆくのだろうか」と考えた時にですね、これはやっぱり、Webの世界というのはどんどん小さく収縮してゆくのではないのか、と。多くの人が「インフラ」としてWeb(クローズドなSNS)を使い、それ以外にはニュースやYouTube・Wikpediaのような少数のWebページを参照するのにとどまるのではないか。個人のブログなんかも消えることはないけれど、検索エンジンで引っ掛かって一度見たら終わり、という、つまり個人のブログを継続的に読んで楽しむような人はどんどん少なくなってゆくのではないか。

・僕はブログというのは「誰が書いているのか」が重要だと思っていて、つまり書き手がたくさんいて、読む人は自分の好きな文体であったり主張であったり、趣味であったりを持つブロガーを選んで、その人の書いた文章を継続的に楽しむという世界が大事なのですよ。継続して読んでいるから欠点を含めた人格についてもある程度理解した上で、その人の人生を覗き見ることができる。「誰が言ったかが重要ではなく、何を言ったかが重要だ」という言葉があるけれど、一般的なブログにおいては「誰が言ったかこそが重要だ」と言える。
・で『彼ら』つまりインフラとしてWebを使う人が増えれば増えるほど、『彼ら』とブロガーの関係は「検索して一度きりの関係」になってしまうということですよ。検索したい情報さえ手に入ればいいわけで、コメントも残さないし二度とこないでしょ、多分。何かの偶然で二度目に来ても最初に来たことは忘れているし、当然ブロガーの「人格」に思いを致すことはない。これはやっぱりブログという文化の死ですよ。
・ブログに限らず、個人や小規模な団体が運営するWebページというのも、同じように縮小してゆくのではないか、という予感がしているわけですね。余程の好事家か使命感を持った人じゃないと続けていけないんじゃないか、と思いますよ。見てくれる人が減ってゆくわけだから。

・まあブログが減っているというのは何年も前からのことなんだろうけど、僕にとって少なからずショックだったのは、一方で「Webが生まれる前から存在している無価値な雑談をする人」はどんどん増えているらしい、という事ですよ。これはWebという世界の「収縮」を意味する。
・Webというものが出現し、個人でもWebページが持てると知った時、私は「これは誰にでも第三者に情報が発信出来るという福音だ!」と感じた。そして2004年前後にブログブームが起きた時に「これはありとあらゆる情報や個人知がアーカイブ化される福音だ!」と感じた。思えば、この頃がWebという「知の世界」が最大に膨張した瞬間なのかも知れない。もちろん、Wikipediaのような知のアーカイブは相変わらず膨張を続けているわけだけれど、素人の個人が例えば「ある芝居を見てどう感じたか」というような情報、人にひも付いた情報というのはどんどん少なくなってゆくんだろう。一方でTwitterでの「○○見たー、面白かったー!」というような「感想」は増えるんだろう。
・そういうことを考えていると、暗澹たる気持ちになってきたわけです。僕は「誰にでも第三者に情報が発信出来る!」と興奮していたが、そもそも多くの人は、そんなことしたくもなかったのだ。友達と雑談してる方が楽しい、と思っていたのだ。

・自分から情報を発信したいと思うような人はごく少数派で、ほとんどの人はそんな事はめんどくさいと思っているというのは、考えてみれば当たり前のことなのだと思う。そこで「暗澹たる気持ち」になるという事がおかしいのだ。これは僕が2004年にブログを始めて「個人知アーカイブの膨張」を自身で経験し、それに興奮を覚えたからなのだろう。ブログブームというのは「ブーム」だから、本来は情報発信になんか興味のないはずの人を巻き込んで、情報量が拡大した。これこそが「異常現象」であって、言うなれば「情報のバブル経済」だったのだけれど、その中に実際に身を置き、リアルタイムで興奮した私は「このままアーカイブが膨張してゆくのだ」という幻想を抱いてしまったのだろうと思う。あれから10年以上、その幻想を抱き続けてきたが、ようやく夢から醒めたような感覚だ。
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2016年09月06日

映画「シン・ゴジラ」を見た感想と山のような疑問

Pop is dead.・「シン・ゴジラ」を見た。元々へそ曲がりなので、周囲が絶賛するこの作品を見に行く気はあまりなかった。だいたいこの映画について語る人の一定数が「先の震災によって得た連帯感」を基盤として話をしているようで不快だったのだ。しかしマコックさんに「じゃあ見に行く必要なし」と言われたことでへそ曲がりが360度曲がって見に行くことになった。

・いやすごい、日本の映画界はここまでのエンターテインメント映画を作れるようになったのか。まず怪獣映画という娯楽作品として第一級だと感じた。そして、これは庵野秀明ならではだと思うが「見終わった時点で終わりではなく、そこを起点として様々な疑問が湧き、また考え続ける事のできる映画」である。
・僕は庵野映画が好きではなかったのだけれど、それは彼の大好きな韜晦というかインテリぶったイヤミな謎かけというか、ああいうものが気に入らなかったのだ。エヴァンゲリオンも、テレビ版では楽しめたが映画版はテレビの煮直しにイヤミな謎かけを加えた感じで好きになれなかった。しかし今回の作品は、まず娯楽である。劇場版のエヴァンゲリオンのように、のらりくらりと観客をかわしている感じはしない。
・見ている間は画面の中の「事実」がものすごいスピードで進んでゆき、気持ちよく見終わった後「謎」が押し寄せてくるという形だ。

・というわけで気付いたことと分からないことを挙げてみた。当然ながらネタバレあり。

・全体的なプロットとしては「弱腰で危機に対応出来ない日本(ゴジラ登場一回目)」が、その危機の深刻さに気付いて「対応を開始するが対処しきれず(ゴジラ登場二回目・タバ作戦)」「アメリカの協力により有効な対処が出来たかに見えたが(B2爆撃機による爆撃)」「それによってかえって危機のレベルが上がって甚大な被害を残し(ゴジラの暴走)」「最終的には日本が自ら危機に対応し、事態の一応の収束を見る(ヤシオリ作戦)」という事か。人間ドラマは描かれないが、こうして見ると日本という「人の集合体」の成長譚になっている。

・ゴジラの第一形態の全貌は見られないが、パトレイバーのゴジラパロディ回に出てくるやつをイメージしてるのか?第二形態はモロに使徒。庵野趣味。

・「ゆきゆきて、神軍」の原一男に「そもそもこの映像が本物なのか」と言わせるのはシャレ。

・第一回・第二回の登場時ともに神社の様子が映るのは、ヤマタノオロチやゴジラの名前の由来と合わせてゴジラと神の関連性を暗示しているのか。そういえばキングギドラも鳥居ナメで出現してたな。

・ゴジラが去った後の落ち着いた良い音楽と、すぐに戻る通常の生活、というのは皮肉だろう。リーダーがすぐに変わるというテーマは同時に、人が死のうが何も変わらないということでもあろう。この映画のテーマを先の震災に重ねたがる人は多いが、むしろ太平洋戦争と戦後、あれだけの人が死んだのにそれを忘れつつある日本というのが主要なテーマなのではないか。
・しかし時代設定が近未来であるのにも関わらず先の震災や原発に関する台詞はなく、震災が起こらなかった場合のパラレルワールドのようにも考えられる事から、震災もテーマなのか。あとゴジラは「凍結」はされたけど駆除はされていないことも、原発事故の抜本的な対策がされていないことの示唆か。

・報道関係者による東京・関東集中に関する対話は実際の首都防衛に関する台詞というより「東京に住んでる人間がマニアックに楽しめる映画」を作った事に対するエクスキューズという要素が強いのだろう。

・石原さとみの役所は惣流アスカラングレーで、その登場から映画が「マンガチック」になる。最後まで全体がシリアス路線だと逆に嘘臭くなるから、石原さとみにそこを吸収させたということか。
・頼りないシンジ(日本)の尻を叩くアスカ(アメリカ)という対比とオーバーラップ。綾波レイに相当する人物は出てこない。成熟した大人の話なので、母親役は不要なのだ。

・官邸前?で行われているデモの団体は「ゴジラを倒せ!」と言っているように聞こえる。反政権ではなく、政権の尻を叩く側のデモである。
・一回目には人命優先などの躊躇があったが、二回目のゴジラ登場では政府にそれは感じられない。観客は一回目でたった二人の老人のために作戦が中止されたことにいらだっている。これは中国の領海侵犯に対していらだち、右傾化する今の日本への風刺だろう。
・大杉漣「これより、武器の無制限使用を許可します」が「さあ、ショータイムの始まりだ」に聞こえる感じが良い。この時には観客も人命のことなど考えていない。
・自衛隊が、自衛隊自身で東京都区内への展開を止めるシーンで、やっと人命に注意が行く。「軍の暴走」を描くフィクションは多いと思う中で、このシーンは印象的だった。自衛隊=悪ではなく、運用する政府の問題という事だろう。

・一〇式戦車の超信地旋回と走行しながらの射撃は素晴らしい。見事。

・ゴジラの皮膚のテクスチャ、足に縄が巻き付いているような感じのひだが付いているが、これは諸星大二郎「暗黒神話」に出てくる神々(怪物)に似ている。

・家電量販店のシーン、各局がゴジラのニュースを流している中、テレビ東京だけはアニメを放映している(テレ東であるという確証はないが)

・B2爆撃機、ゴジラに対してステルス性能が必要かと疑問だったが、むしろ日本政府や隣国に感知されないためであって、日本政府が米軍の介入を断ったとしても秘密裏に攻撃を行うつもりだったのではないか。

・ゴジラが最初に炎を吐くシーン、最初はダメージを受けて何か吐いたように見える。

・「呉爾羅」をインターネットで検索して「一件だけヒットしました」という台詞がうまい。たった一言でパラレルワールド感が引き立つ。
・ゴジラの誕生に関しては第一作を踏襲したと言える内容で、他国の原子力運用によってゴジラが生まれor起き、それによって被害を受ける日本という点では同じ。

・ゴジラに近づく飛行物体は撃破されるが、地上を走行する物は攻撃されないというのは不自然。何か設定に理由があるのか。

・休眠中のゴジラから落ちてくるのは血?あとガキッて音がする鱗(?)はゴジラ分裂を示すもの?

・東京都民の避難シーン、ヘリ空母が出てきたがアレは何をしてたのか?

・薬剤の経口投与による血液凝固なんていうトンデモな対策を選んだのには意味があるのだと思う。外科がダメなら内科、ということでもあろうが、もっと根幹に関わる理由がありそう。
・しかし血液を凝固させて冷却停止させたら普通はメルトダウンするんだろうけど、なぜゴジラは凍結されたのか。ゴジラ自身が持つ冷却機能の暴走?

・人の死、個人の死を描くことは徹底的に忌避されているように見えた。原爆の被害写真も原爆ドーム、石の鳥居と「物」の破壊を写した2枚だけである。
・個人としての被害者は出てこない(マンションの家族と、非難する老人くらい)それどころか個人として出てくるのはほとんどが軍人を含む役人と政府の人間で、例えば野党のヤの字も出てこない。政治の描き方が浅いという批判もあるが、正直2時間であの映画を撮るためには「そんなもの描いてられない」というのが本音だろう。また政治的なゴタゴタを描くことで登場人物のキャラクターが強調されてしまう。「ゴジラと、集団としてしか存在しない日本人たち」というテーマが崩れる。

・竹野内豊が「ヤシオリ作戦には不確実性がある」と、核攻撃による攻撃は確実であるかのような発言をするが、それも完全な予断。次回作はゴジラが復活した後、核攻撃がされるがそれでもゴジラは生きている、という話になるか。

・ヤシオリ作戦の時、放射線防護服に迷彩ヘルメットという格好がおかしい。迷彩の意味ないだろ。ヘルメットは仕方ないにしても、あんな目立つ場所の指揮台に葉っぱの迷彩網をかけるのとか変

・ヤシオリ作戦に出てくるブルドーザーは何か?がれきをかき分けるための物という理解で良いのか?

・ラストシーン、科学技術館の六芒星はユダヤ陰謀論を誘発させるための庵野秀明の悪ジャレだと思うが、次回作があるとしてもアメリカが強く関わってくることを示唆しているのか。

・ゴジラの尾の先端、最初は殺した人間を同化しているのかと思ったが、やはりゴジラが分裂しているようだ。広島・長崎の原爆による被害者のようにも思えた。
・凍結される直前のゴジラのしっぽの先端が赤いのは、新しいゴジラを生み出すため、しっぽにエネルギーを集中させているということか。

・マキゴローの死(?)とゴジラ出現の関連は何か。
・マキゴローの妻、石原さとみの祖母が「放射線(原子爆弾)のせいで不幸になった」という設定。マキゴローの孫が石原さとみという設定かと思ったが、違うか。関係があるのに隠すのであれば「おばあちゃんを不幸にした」という台詞はないだろう。
・石原さとみの祖母は広島・長崎の原子爆弾なのではないかと思われるが、マキゴローの妻が遭った放射線に関する事故とは何か?彼女も原子力に関する研究者で、研究中の事故で死んだということ?あるいは彼女の母親が広島・長崎で被爆した影響で、生まれてきた子供(マキゴローの妻)も早世したとかそういう設定だろうか。
・放射能を無害化する研究の結果が、半減期20日の新しい放射性物質ということなんだろうか。

・石原さとみを起用した理由は何か。もっと英語がうまい女優は他に居そうだし、性的魅力以外にも何か必然性がなければいけない。日本とアメリカの関係と、自民党と公明党の対比をオーバーラップさせるため?まさか。本名に「神国」が入ってるからというシャレ?まさか。
・彼女の設定・キャラクター・演技に対する批判が散見されるが、この役がリアルだと、先に書いたように映画全体が嘘臭くなる。本物の日系人が流暢な英語でこの役を演じたら、と想像してみると「ハリウッド的な作り物臭さ」が出るように思う。やはり「マンガ」の部分を吸収させるためのキャラクターであり、また観客がよく知っている日本人の女優であることが重要なのだと思う。
・個人的な感想として、やはり石原さとみのエロさはこの映画の大きな魅力ではあるけれど、この物語の中のヒロインは市川実日子であるように思えた。終盤に見せる笑顔は非常に効果的だ。先にこの映画に母親役は不要と書いたが、この笑顔に母性が集約されている印象

・矢口蘭堂という名前は碇ゲンドウを思わせる。英語での自己紹介で「ランドゥー・矢口」と発音していたのが気になった。何か意図があるのか。

・ヤシオリ、アメノハバキリはヤマタノオロチに関連する語句らしいが、いけにえに該当するものは何か?被害者がいけにえということか、あるいはゴジラが進行する先にいけにえが居るのか。東京を目指す理由がそれか。あるいはマキゴロー自身がいけにえになってゴジラを呼び寄せたということか。
・なぜゴジラは東京を目指すのか。神話との関連で考えると皇居を目指しているという説もあろうが、それではベタ過ぎる。

・エンドクレジットは登場人物その他、3列で並んで流れてくるので全て読むのは不可能(ANIはどこに出てた?防護服着てた人かな)有名無名問わず役者の名前が五十音順で流れてくるのはこの映画の象徴でもある。本編でも有名な俳優が山のように、チョイ役で出てくる。本編の台詞でもわかるように「日本という国には『個人』(またはリーダー)がおらず、名もなき多数の者およびその関係性で運営されている」という意味だろう。
・その中でただ一人、モーションアクターの野村萬斎が一人でクレジットされているのは、ゴジラは「個」であるという示唆か。しかしゴジラは集合生命体のようにも見える。
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2016年07月08日

無軌道肴蔬目録

Pop is dead.・内田百關謳カの「餓鬼道肴蔬目録」に倣って、好きな食べ物をリストにしているんだけど、前にアップしたのが2013年で、そこから追加・変更がいくつかあったので再度(ほとんど同じ内容だが)上げておく。
(既に閉店した店の料理も含まれています)
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2016年06月29日

6/24-27日記(碇知盛・鮨屋・小笹寿し・まんてん鮨)

Pop is dead.■6/24
・門前仲町BigHornで海老とレモンとパクチーのピザ。2時過ぎまで飲む。

■6/25
・朝食後、歌舞伎座へ。まずは渡海屋・大物浦。いわゆる「イカリ知盛」として知られる定番の演目だが、たぶん初めて見る。渡海屋の旦那実ハ平知盛が染五郎。北前船の貿易商という設定で、アイヌの民族衣装柄の着物で登場する。
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2016年05月24日

ハイバイ「おとこたち」を見た感想

Pop is dead.・ハイバイという劇団の「おとこたち」という芝居を見た。
・あらすじについてはここのブログに詳しい→「おとこたち」を見る: 芝居遊歴控
・4人の「おとこたち」の青年期から老年期までを描いた話。コメディーかと思うと結構シリアスな話だった。山田(狂言回しの男)、津川(アル中の男)、鈴木(計画的な男)、森田(不倫する男)という四人
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2016年04月25日

歌舞伎座「不知火検校」感想(今更12月国立・1月浅草の感想も)

Pop is dead.・歌舞伎座で「不知火検校」を見た。
・まず最初に染五郎の「操り三番叟」ここ数年で、翫雀、右近、猿弥の操り三番叟を見たが、染五郎のはその中で最低の出来だった。踊りのことは良く分からないけど、少なくとも操り人形が踊っているようには見えない。舞台上では、ただ染五郎が楽しそうに踊っているだけだ。この人、スター性が強すぎて「人格を消して人形になる」ってことが出来ないのではないか。
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2016年02月23日

東洋風アルファベット、その名も「ワンタン・フォント」

Pop is dead.・日本語の英語表記なんかで「くさび型の線を組み合わせてアルファベットを書く」というフォントスタイルがありますね。あれはいつ頃から使われ始めた物なんだろう?と思った。
・というのはTwitterでこういう画像を見つけて、これは1916年の早川雪洲の映画ポスターのようだけど、100年前から使われてたのか!と思ったからです(SESSUE HAYAKAWA と TSURU AOKI という日本人の名前だけが、くさび型アルファベットになっています)
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2016年02月15日

演劇「国道・業火・背高泡立草」の感想

Pop is dead.・烏丸ストロークロック「国道・業火・背高泡立草」を見た。歌舞伎ばかり見ていたので、現代劇の方に少しシフトしようと思ったためだ。

・うちの奥さんは「見て、イヤな気分になった」と言っていたが、イヤな気分にするための芝居なので、まあ正当な評価かと思う。

・以下、いわゆる「ネタバレ」を含む記述になる。
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2016年02月01日

中伊豆で「鄙びた宿」を再定義する。

Pop is dead.・年末に伊豆・吉奈温泉の「さか屋」に泊まった。吉奈温泉というのは私も知らなかったが、中伊豆の修善寺より少し南にある小さな温泉町である。
・仕事が忙しかったのと、その上、年の後半はひどいパワハラに遭って頭がおかしくなりそうだったので少しゆっくりしようと思いつき、場所を伊豆に決めたのが11月の末。既にそういう時期だったので多くの旅館はもう満室になっており、辛うじて見つかったのがこの宿だった。黒澤明や岡本太郎が愛した宿という事になっていて、修善寺からさらに離れた場所にあるという事は静かな良いところなのではないか、と感じた。
・口コミを見るとかなり評価は低いのだが「携帯が通じない」「建物が古い」「部屋に虫が入ってきた」という的外れな悪口が目立つように思えた。仕事から逃げるためには携帯が通じないのはむしろ好都合だし、古い温泉宿は好きだし、そうであれば虫くらい入ってくるだろう、と考えたので、さほど躊躇せずに連泊の予約を入れた。
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2016年01月06日

年末年始に食べた物の感想

Pop is dead.・年末年始に食べた物の感想
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2015年12月22日

2015年にやったことのまとめ

Pop is dead.・今年やったこと、というかほぼ見た芝居のメモ
・歌舞伎はそんなに一生懸命通ったつもりはないものの、月に一公演以上は見ている。歌舞伎と新劇と合わせると1年20公演くらいと、思ったより随分多い。こんなに遊び回ってたかね。
・今年後半は仕事量が馬鹿みたいに増えた上に、理不尽なパワーハラスメントに遭って最悪な状態だったので、楽しい思い出と相殺されているように思う。元来真面目な性格だから、一ヶ月に一度くらいはどこかに逃亡して、骨を骨壺に入れて休むくらいの気持ちで休息を入れないと死ぬ。来年からはそれで行く。

□今年行った中で特筆すべき料理店:牛込神楽坂「梅香」、赤坂「砂場」、京都・六波羅「コリス」、神戸「丸萬」
 なお、コリスは現在休業中との噂。来年また再開するらしいが。
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2015年11月13日

11/5-8日記(いつもの店と神楽坂「梅香」、歌舞伎「神霊矢口渡」感想)

Pop is dead.■11/5
・出発時間がかなり遅れたが、なんとか11時頃東京着。新幹線内で尾辻克彦「お湯の音」「父が消えた」読む。門前仲町BigHornで飲む。酒盗おろしが絶妙
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2015年11月10日

「インクジェットペン」とは何か?

Pop is dead.・中国(台湾・香港ではない本土)における公式文書にサインする際に「インクジェット・ペン( inkjet pen )で署名しろ」と言われた。曰く「ボールペンではいけない」とのことなのだが、この「インクジェット・ペン」というのが分からない。
・つまり、油性のボールペンではダメだということで、水性ボールペンやゲルインクの類いかと思い「ローラーボール( rollerball pen = 水性ボールペン)のことか?」と確認すると「ボールペンはダメだ」の一点張りであり、どうも要を得ない。

・何度かの押し問答の末「inkjet penとは、そのペン先が紙の表面に接した時点でインクの出るペンである」という事なのだった。つまり、通常のボールペンの場合、ペン先を紙に押しつけ「縦あるいは横、またはナナメにペン先を滑らせた時点で初めてインクが出る」わけだけれど、これではダメだという。「ペン先を紙の上に置いた時点」でインクが出るペンでなくてはならず、続けて「万年筆が一番良い」と言う。

だったらはじめから「万年筆( fountain pen )でサインしろ」って言え!もって回って「inkjet pen」なんてわけのわからん言葉を使うな!と思った。

・この件に関しては、webを検索してもそれらしい情報に行き当たらなかったので書き留めておく。
・実際の話をすると、必ずしも万年筆ではなくても、先述のゲルインクボールペンでも良いのではないかと思う。水性ボールペンの場合、紙上にペン先を置いた時点でインクが出るので、要件は満たすからである。もっと言えばいわゆるサインペン、フェルトペンの類いでも良いのかも知れない。しかし正式な文書のことなので、言われたとおり万年筆を使うのが無難であろう。
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2015年09月07日

9/6日記(老祥記・丸萬・トレロン・焼とうし)

Pop is dead.kakakoさんが神戸で個展をやってるらしいので、見に行く。
・10時過ぎに元町に着き、まずは老祥記へ。ファミリアの角を入ると中華街の公園なのか。今まで何度も行ってるのに「ファミリアの角を入ると南京町」っていう図式が頭に入ってなかった。
・雨の午前中なのに老祥記は結構な行列。10分くらい待ったか。豚まん3個(最低ロット)を食べる。今までで初めてだと思うのだけど、店内で「蒸し上がり」を3分ほど待つ。こんなこと珍しいよな。おかげで今までゆっくり見られなかった厨房の様子を観察できたんだけど、厨房奥の台に巨大な饅頭生地があって、それをちぎりながら饅頭を作ってるのね。イメージとしては幅3メートル、奥行き1メートル、厚さ5センチの巨大な生地が横たわってるような感じで、結構な迫力がある。これをちぎって、肉のあんを半分くらい包んで横の人(完全に包む係)に投げる。この投げ方がぞんざいで、食べ物を扱っているようには見えないが、そういうものなんだろう。
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2015年08月31日

下鴨車窓「漂着」感想

Pop is dead. 最近は歌舞伎ばかり見ているので、気分を変えて現代劇も見ようと思い、昨年「木馬の鼻」を見に行ったり今年は「戯作者銘々伝」や、新演出の「マクベス」を見に行ったりした。マクベスを見て気づいたのは「現代劇というのは、答えのない芝居なんだなあ」ということで、答えや結末ではなく「示唆」を提供するのが現代劇というか、いやこれは欧米的と言うべきなのだろうか、よく分からないんだけど歌舞伎と違うなあと思った。
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2015年08月17日

書き逃した日記

Pop is dead.・仕事が比較的忙しいせいで心に余裕がなく、5月・7月はブログに何も書いていなかった。
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2015年06月18日

6/13-15日記(観劇三本・万年筆三本)

Pop is dead.■6/13
・品川から新宿経由で初台へ。京王新線が遠く10分ほど歩いたか。案内に沿って歩いたのだが、何か新宿駅の同じ所をぐるぐる回らされているような気分になる。
・時間があったので初台駅近くの刀剣博物館へ。ガラガラかと思ったらかなり人が入っていて驚く。備前の刀剣特集で、妖刀という風情のものから非常に上品なものまであり、堪能
・オペラシティ地下のカフェでカンパリソーダとパニーニが昼食
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2015年04月20日

中日劇場「雪乃丞変化」感想など

Pop is dead.・名古屋・中日劇場に、中村米吉を見に行った。
・嫁と二人連れ。9時前に伏見着→9:30名古屋市科学館のプラネタリウムチケットを購入→10:00三越まで歩いて弁当購入→10:30中日劇場へ→15:00終演、歩いて科学館へ→16:40プラネタリウム鑑賞→名古屋駅へ→18:00名古屋駅ミッドランドスクエア「和久傳」で軽い夕食、という流れるようなダンドリ
・まず、科学館に長蛇の列が出来ているのに驚いた。あんなに混むのか。
・弁当は例によって赤飯弁当にする。
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2015年03月24日

3/21日記(京都南座「鳴神」・コリス・鍵善)

Pop is dead.・京都南座に、中村米吉を見に行った。
・南座のチケット発券機は絶妙な場所にあるなあ(地下鉄の6番出口の階段を登って、地上に出る手前の踊り場にある)
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2015年02月24日

和久傳「鯛の黒寿司」をどう食べるか?

Pop is dead.・なろうことなら人生、うまいものを食べて暮らしたいと思うが、金がない。
・というわけで、たまに「手軽な値段で京都の老舗の料理が食べられる」という紫野和久傳に行く。この店のことは岐阜の料亭「きんか」のご主人である河村さんに教えてもらった。
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2015年02月06日

初心者が考えた「靴磨きに最低限必要そうな物」とその価格

Pop is dead.・靴磨きをしばらくしていて、知り得た「常識」と、最低限これくらいの物があれば家中の靴が磨けるのではないか、という構成の紹介
・ちなみに、基本にしているのはここで紹介されている磨き方。短くシンプルかつ分かりやすく解説してくれている→自宅でできる靴の磨き方 革靴のお手入れ - YouTube

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2015年01月27日

今冬の趣味を「靴磨き」と決める。

Pop is dead.注:この記事は靴磨きをやり始めたころのものです。1ヶ月くらいやってみて「最低限こういう物があれば良いのかなあ」と思ったことのまとめはこちら→初心者が考えた「靴磨きに最低限必要そうな物」とその価格

・私は冬になると引き籠もる性質なので、数年前まではラーメンを作ったり、料理をして時間を潰していた。しかし年を取って寒い厨房に立つのも嫌になったので、去年はシーズン中レトロゲームをして過ごしたのだった。
・さて、今年はどうするべぇか。と少し考えたのだけれど、正月に仕事用の靴を新調したので「靴磨き」でもするかと思い立ったわけだ。男というのは歳を取ると万年筆や革製品に心を惹かれる物らしく、私もご多分に漏れず、そういう道を歩んでいるということか。
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2015年01月26日

歌舞伎「南総里見八犬伝」「御所五郎蔵」「新春浅草歌舞伎・昼」感想

Pop is dead.■1/23
・てんやで天ぷら定食を食べようと思ったが、門仲に着いたのがラストオーダー時間過ぎだったので諦め、BigHornで牡蠣とブロッコリのペンネグラタン。軽く呑んで帰る。

■1/24
・門仲から九段下経由で半蔵門、国立劇場へ。今日は一日国立で芝居。
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2014年12月29日

2014年にやったことのまとめ

Pop is dead.・恒例「1年の間にやったことのまとめ」これは純粋に自分用の記録です。
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2014年12月24日

国立劇場「喫茶・十八番」讃歌

Pop is dead.・芝居を見に行く時、食事をどうするか?というのは大きな問題である。歌舞伎というのはたいてい、昼前から夕方とか、夕方から夜9時とかいう時間の公演なのです。だから、一食は劇場内で食べる事になる。快楽亭ブラック師匠などは30分の幕間に劇場外に出て外のレストランで食事をするみたいだけど、時間的にそんな余裕ないからね、僕は劇場内で食べる。
・劇場内には食堂があって、多くの客はそこで幕の内なんかを食べる。上記のような時間に公演を組むってのは、つまりこの食堂の収入も劇場の売上になるからですね。あとは、公演前に弁当を買っておくという手もある。
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2014年12月23日

国立劇場「伊賀越道中双六」の「岡崎」再見、スヰートポーヅ餃子定食

Pop is dead.■12/20
・先週行った国立劇場「伊賀越道中双六」の席に納得がいかなかったのでリベンジ。今度は2列目上手側という米吉ハンティング・ポイント
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2014年12月15日

赤瀬川原平展と、米吉のナマ足(食べた物は蕎麦と寿司)

Pop is dead.■12/12
・仕事後、門前仲町BigHornへ。少し飲む。帰り、博多金龍というラーメン屋へ(大阪の金龍とは多分無関係)「風邪をひいて咳が止まらない時にラーメンをすすると激しくむせる」という事を学習した。
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2014年12月03日

オーディオという黄泉の国から帰還しました。

Pop is dead.・我が家のオーディオシステム、スピーカーケーブルはAmazonのPBを使っていたんだけど知人から「そんなのじゃダメだ」と言われたので、ブランド物を買ってみた。
・スピーカーケーブルって1m1万円とかザラにあるので恐ろしい世界だ。比較的廉価で有名らしいベルデンというメーカーの8473という物を購入。1メートル400〜500円。それでもAmazonPBの10倍くらいの値段。高い。
・で、ケーブルを替えてみたんだけど音の違いなんか全く分からないね(別の知人によると、ケーブルを替えても音は変わらない、あれはオカルトという話だった)
・現状使っている中国製アンプ、Lepai(Lepy)V3はスピーカーケーブルの差し込み口が比較的狭いのか、あるいはケーブルが太すぎるのか、突っ込むのに少し苦労した。
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2014年11月27日

主観を排したオーディオ評 インシュレーター編

Pop is dead.・オーディオのことはよく分からないので、何か書くほどにバカをさらしたりデマを拡散したりするという自覚がある。
・なので音のことについてはなるべく書くまい、と自重しているのです。

・そんな私が、オーディオマニアの極北(でもないか)「インシュレーター」というアイテムに手を出した。
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2014年11月25日

中国製の廉いアンプと、YAMAHAの廉いスピーカーを買った話

Pop is dead.・いつも寝る時には落語を聴いているので、操作しやすいよう、枕元にCDプレイヤーやアンプが置いてある。
・ある夜、いつもの通り落語を聴いているとアンプの内側から「パンッ」という音がして無音になった。
・さあいよいよ買い換えだ。小林のり一さんが薦めていたDENONのPMA-2000REと、スピーカーもこの際、JBLの4312M2WXにすれば、憧れのオーディオシステムができる!と勢い込んだのだけれど、アンプとスピーカーで20万円という出費は、普通の人間にはなかなか決断できないものであります。
・そうやって優柔不断にAmazon.co.jp等を眺めているうちに、私が見かけてしまったのが、中国のLepaiというメーカーが作っている3,000円前後の激廉アンプ。そして偶然見つけたのが、YAMAHAのNS-BP200という、2本で1万円しないスピーカー。
・廉いだけなら放っておくが、この2品とも頗る(スコブル)評判が良い。しかも両方買って1万円ちょっと。私は当初の20万円コースを捨て、激廉オーディオを選択したわけです。
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