2011年09月27日

9/24-25日記(映画「探偵はBarにいる」、本「腹を割って話した」感想など)

Pop is dead.■9/24
・朝起きて、電車で映画を見に行く。朝夕は急に冷えるようになったので、念のため長袖を持ってゆくが、歩いていると暑いのでTシャツ1枚になる。
・映画館に着いたのは10時前だが「探偵はBarにいる」は11時から。時間まで隣接するショッピングセンター内をぶらぶら。文房具売場も面白くないし、結局本屋くらいしか見るところがない。しかしこういう庶民型ショッピングセンターの文具売場でも、モンブランのリフィルなんかは置いてるんだな、知らなかった。

・今はシネマコンプレックスでゴディバのショコリキサーとか売ってるんだ。これも知らなかった。でもお腹の調子が悪いので、普通にホットコーヒーを発注。
・以前も書いたんだけど、ワーナー系のシネマコンプレックスって、場内でトルティヤ・チップス売ってるのね、ドンタコスみたいなやつ。あれ個人的に好きなんで以前買って食べたんだけど、噛むとものすごい音するんですよ「バリバリッ!」って。一口食べて「これは映画中には食べられない」と思い、映画終わるまで食べずにただずっと持ってた、という悲しい思い出がある。あんなもの、映画館で売るな。

・そんなわけで「探偵はBarにいる」見た。面白い、んだけどすごく面白くはない。悪い言い方すると、2時間の犯罪ドラマを映画にしたような感じってのが、ちょっと漂ってる。
・高嶋政伸の怪演と言っていい、あのキャラクターは面白かった。大泉洋は適度に面白いし、そうそう、松田龍平が良い。
・松田龍平は可愛いんだよな、たとえば僕は男だけど小池徹平とか「つきあえる!」と思うわけです。ああいう中性的な男の子っていうのは、もしかしたら本当にいけるんじゃねえかという気がする。松田龍平はそれとはちょっと違うんだけど、かわいいなあ、と思うんだよな。これ、大島渚の「御法度」見たからそういう思い込みがあるのかどうなのか。ともかく、松田龍平のキャラクターと魅力が、この映画のアクセントになってるね。
・そうですね、この映画は役者を見せる映画であって、ストーリー、脚本に関してはチープな部分もあるし、描き切れてないところも多い。キーになる西田敏行の性格描写みたいなの、決定的に不足してる。それを役者のキャラクターや、細かい演出でうまく料理してまとめた映画だと思う。
・ゲイの新聞記者役に田口トモロヲ、呼び込みにマギー、それから松重豊、石橋蓮司と、渋めの役者が出てるのが良い。ここら辺が好きな人にはある程度お薦めできるかも。
・お色気シーンなんかもチョビチョビっとちりばめられてて、なんだろう、あれわりと良かったな。「the3名様」の店員役の女の子が出てたり。
・見るなら映画館で見た方が良い映画。逆に言えば「DVDで見るまでもない映画」だと思っちゃうんだよなあ。テレビの画面で見ると、それこそ二時間ドラマになっちゃうような気がする。
・なんとなく、期待せずに見たら意外と面白い映画、という程度の評価。いや、つまらなかったわけじゃない。予想に反してハードで割と重くて、それも含めて楽しめたんだけど、他人に積極的に薦めるほどでもないか、という。

・映画館の中は寒いので、脱いだ長袖着ようと思ったが、ゴソゴソすると後ろの人に迷惑だよなあ、とか思いながら機をうかがっているうちに映画が終わる。
・中国料理屋で昼食。いわゆる「中華屋」ではない中国料理屋で、客は老夫婦とか家族連ればかり。一人客は俺だけ。
・担々麺セット1,150円也を食べる。この「ラーメン+御飯の定食」っていうの、20代の頃はデリカシーがない!と思ってたし許せなかったけど、もうそういうのも許容している。人生のぬるま湯につかってるから、もうね、美学とかわりとどうでも良くなってるのね。
・とはいえ、ブログにせよtwitterにせよ、それこそ生き方にせよ、僕は僕なりに「こうでなければいけない」というようなことを思いながら、それに束縛されて生きていたり、ものを書いたりしているわけですね。これは生き方を貧しくしているのか、豊かにしているのかよく分からないけれど、人生というのはそういうものだとも思う。
・しかし20代の頃「貧しいねえー」とか「しがないねー」と思って忌避していたことを許容するというか、むしろ進んでそういう中に身を投げ出してぬるま湯につかるのも気持ちよくなってきた。たとえばそれこそスーパー銭湯入ったりとか、自宅でカニカマつまみに酒呑んだり、スーパーのフードコートでラーメン食べたり。ラーメンをおかずに御飯食べたりするのも、その一環。
・でも一方では、昔はそうでもなかったけど嫌悪感が増してきた物もあるわけで、例えばシャーボとか「2種類3種類のペンが1本で使えます」みたいなの、あれ貧しいなあ、俺は使わんよ!とか最近思えてきた。

・ごはん食べて、町並みを観察しながら歩く。昭和モダンな建築など眺める。素人だけど、昭和モダンはタイルだな。タイル使った、わりと手間と金がかかった装飾。これが、コンクリート打ちっ放しとか、ああいう金のかからん建築になったというのが「ポストモダン」か、と思った。めんどくさいから調べないけど、すげーザクッと言えば、長八の鏝絵から東京都庁へ、って事でしょ。

・文房具屋でプレラ探すが、新しい物はなし。インクリフィルだけ買って帰る。
・帰宅後改めて別の文房具屋へ。プレラ色彩逢いあり、しかもセールやっててネット価格同等で買えた。これはラッキー。
・また帰ってプレラに「冬将軍」のインク入れるが、思ったよりうすい。エルバンのGris Nuageと同じくらいだった。思てたんと違う!
・キングオブコント見終わる。TKOの「ポーランド」は面白かった。それ以外は、特に腹の立つほどつまらんネタもなく、わりとどうでも良い感じだった。録画残しておく程の物ではないな。

■9/25
・ローカル線の旅。朝早く目覚めたので始発に乗って田舎へ。田舎の駅で降り、田舎の駅まで歩き、戻ってくる。

・戻ってきて家でウダウダしていて気付いたんだけど、これは百間先生の「阿房列車の旅」だったんだな。何も目的なく、ただ列車に乗りたいがために列車で旅に出るという。
・百間先生は温泉が嫌いで、何が嫌なのかというと「いらっしゃい」ってのが嫌なのね。温泉がありますよ、どうぞ来てください、というのが嫌だったらしい。来てくれと言われると、行ってやるものかと思うという、ただの天の邪鬼と言えばそうだけど、分かる気もする。旅というのは無目的であるところに価値があるのだという考え方。
・僕が城崎に行ったのも、とにかく時間を埋める日常から逃げて、とにかく埋められないヒマを過ごしたいということだったし。そういう意味では、城崎の温泉はヒマの障害になったわけです。温泉がなければもっとヒマだったと思う。だからヒマを100%楽しむためには温泉なんて邪魔でしかないのです。温泉に限らず、あらゆる観光地が用意している観光資源というのは、ヒマの敵だと言える。
・ただ、日本人というのはテンション型民族ですから、旅に行くのにも理由が要るんです。それが観光であり、その目的地には観光資源がなくてはいけない、という事でしょう。
 ※注:日本人がテンション型民族、というのは桂枝雀の受け売りで、私もよく理解していないが、真面目で常に緊張した民族、という意味でしょう。

・藤村忠寿x嬉野雅道「腹を割って話した」読了。「水曜どうでしょう」ディレクターによる対談。読んでも読まなくてもいい本。でも僕は嬉野さん好きだから読んで良かったと思った。
・ヒゲが好きな人も読んで良いけど、ヒゲはいつも通り我田引水みたいな事しかしゃべってないんで、新しい発見はあまりないと思う。ただ「悪の浄化作用」とか、どうでしょうを見ていない人には読ませたいような内容はあった。でもこんな本、どうでしょう好きな人間しか読まないし、多分そうじゃないと楽しめないので、無理に薦める気はない。
・ただ、なんというのかな、社会に出ると「ポジティブ」が不動の正義で、ネガティブは敵みたいな認識があるじゃないですか。あと、仕事はつらい物で、その中で「仕事大好き!」って嘘ついて、偽物の笑顔つくった人間が勝者、みたいな考え方があるじゃないですか。そういう事に疑問や絶望を感じてる人は、読んでもいいかなあ、という気もしますね。はっきり言って、ここに書いてあることが解決策にはならんと思うけど「こういう風に考えてる人もいるんだ」という気持ちは得られるかなあ。

・久しぶりに漫画描こうと思うんだけど、人の顔が描けなくなっている。うわー、何年も絵を描かないとこうなるのか。
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