2016年02月01日

中伊豆で「鄙びた宿」を再定義する。

Pop is dead.・年末に伊豆・吉奈温泉の「さか屋」に泊まった。吉奈温泉というのは私も知らなかったが、中伊豆の修善寺より少し南にある小さな温泉町である。
・仕事が忙しかったのと、その上、年の後半はひどいパワハラに遭って頭がおかしくなりそうだったので少しゆっくりしようと思いつき、場所を伊豆に決めたのが11月の末。既にそういう時期だったので多くの旅館はもう満室になっており、辛うじて見つかったのがこの宿だった。黒澤明や岡本太郎が愛した宿という事になっていて、修善寺からさらに離れた場所にあるという事は静かな良いところなのではないか、と感じた。
・口コミを見るとかなり評価は低いのだが「携帯が通じない」「建物が古い」「部屋に虫が入ってきた」という的外れな悪口が目立つように思えた。仕事から逃げるためには携帯が通じないのはむしろ好都合だし、古い温泉宿は好きだし、そうであれば虫くらい入ってくるだろう、と考えたので、さほど躊躇せずに連泊の予約を入れた。

・場所は修善寺駅からタクシーで20分程。5,000円程かかるので結構痛い。一足入るとすぐに「ここはやばい」と分かる。ロビーの傍らにある土産物屋が雑然として薄暗く、空間として死んでいるように見えた。チェックイン時に大女将による抹茶のサービスというのがあり、いやに固い茶菓子がお茶と共に出される。
・部屋に案内してくれる仲居さんは妙にせっかちで、客の荷物もほとんど持たずトコトコと部屋まで一目散である。途中、黒澤明が宿泊した時の新聞・雑誌の切り抜き等が貼ってあるのだが、仲居さんはそれを一瞥して「ハイ、これ黒澤明先生ね!」と一言放った後、追加説明等もなくドンドン行ってしまうので、クロサワがこの宿で何をしたのか判然としない。
・部屋に着くと浴衣のサイズを聞かれて「うーん、Mで良いと思うんだけどなあ」と言うと「そこに書いてますから!」と強く言われる。チェックイン時に宿泊内容を書いたプリントが渡されるのだが、そこに「身長と浴衣サイズの対応表」が書いてある、それを見よ!という事なのだ。それによると私のサイズはやはりMだったので「Mです」と申告し、浴衣(M)が支給される。さらに「これはサービスです!」と言われ、徳利のお酒(5勺程度・サービス)も支給される。
・一応旅館に泊まるからと、心付けを用意してきたのだけれど、この雰囲気では渡したくないなあ、と思っていると、仲居さんとしてもそんな物をハナから求める気はないらしく、怒濤のように部屋から出て行った。結局、心付けを渡すスキさえも見せない、疾風の接客なのだった。

・少し落ち着いて部屋を見ると、普通の旅館の一室であり、特に悪くない。ただし窓の外には「よしず」のような物が丸めて置いてある。どうも古い配管だか錆びた欄干だか、そういう「見せたくない物」を隠しているのだろうと思う。窓越しに階下の屋根を見るとコンクリートの屋上が水色だか緑色だか、きたならしい色のペンキで塗られている。
・口コミを見て「古い建物」だと承知はしていたが、それは私が思う「クラシックな旅館」というのではなかった。つまり「ペンキとコンクリートの時代」であり「温泉ブームで旅館がホテル風に巨大化した時代」でもあるような、そういう時代に建てられた、そういう「古い建物」だったのである。つまり「古き良き」ではなく、もちろん「新しく清潔」でもない、なんとも中途半端な時代感の建物だ。館内を歩くとカーペットの破れや薄暗いデッドスペース、そこに放置された、私物らしき物を含むモロモロの品が目に付く。なんとか隠そうと覆いなどがしてあるのだが、隠しきれずに目に入るのでかえって汚らしく見える。
・売りになっている庭園も、手入れがされておらず全く美しくない。私は「熱海城の裏の駐車場の奥」みたいだと思った。

・これはどうも、私の目算が違ったな、と気づいたわけだが、私は根が頭の良い人間なのでここで気持ちを切り替えることにした。すなわち「ここは『鄙びた宿』である」という前提を設けて滞在を楽しもう、というのである。我々が「鄙びた宿」と聞いて思い浮かべる宿のイメージ、純和風、数寄屋造りの木造建築。そういう「鄙びた」というイメージから時代はぐっと下るが、しかしこの「高度成長後、朽ち果てつつある建築」というのもまた「鄙びた」と形容しても良いのではないか。数寄屋造りが「元祖・鄙びた」なら、こっちのコンクリ&ペンキ造りは「ニュー鄙びた」である。「新しくて、なつかしい」鄙び方、JRのキャッチコピーのような鄙び方なわけだ。
・ふざけているようだけど、実際にそういう楽しみ方は出来るように思う。極端に言うと「廃墟マニア」という人も居るんだから「高度成長期に立てられて朽ちつつある旅館ホテルマニア」が居てもおかしくない。

・さて、風呂は良かった。更衣室に異臭が漂っていたり、更衣室内に無意味な段差があったりするのだが、風呂は悪くなかった。特に露天が良い。朝・昼は山、夜は星、湯面を流れる湯気。そういうものを眺めながらぬるめのお湯に入っているとリラックスできる。貸し切り風呂という小さな露天風呂も二ヶ所あり、ここからの山と星がまた良い。
・岡本太郎デザインの「太郎さん風呂」というのがあり、彼のファンなら入ってみても良いが、私はスタンダードな大浴場の方が好きだった。

・食事はどうだろうか。何とも言えない。普通の和食コースは悪くなかった。決して特別うまい、人に推薦するようなレベルではないが、まじめに作っている感じがあり好印象だった。しかしそう思ったのはその夜だけで、朝食に大きな鍋一杯の「うどん」が御飯とは別に出てくるとかよく分からないし、名物だとされている「大名焼」という猪・豚・牛肉の鉄板焼きとかは普通の鉄板焼きであり、何故これが「名物」として供され続けるのか、大いに疑問である。岡本太郎が命名した料理だから名物として出し続けているようだが、それならば少なくとも猪の肉くらいは吟味して良い物を使うべきだと思う。
・食事をしていると突然、ナンシー関みたいな人が飛び込んできて何事かと思うと、宿泊の御礼であった。どうも若女将らしいのだが、思いっきりの普段着なのでそれと気づくまでに多少の時間を要する。これとて、先程の「ニュー鄙びた理論」の元であれば許せる。そういう宿なのだ。

・ただ一点だけ、ちょっと赦すべからざる点があった。夕食の「大名焼」を食べようと、食事会場の座敷に行って判明したのだが、私と奥さんが座るべき座布団にそれぞれ「チョンマゲのヅラ」と「お姫様のヅラ」が置いてあったのである。東急ハンズのパーティーグッズに並んでいるプラスチック製のアレである。つまり「大名焼」だから、お殿様とお姫様のコスプレをして食べろということです。客をなんだと思ってるんだ。誰がこんなものかぶるか!さらに不織布製の「かみしも」も置いてあって、これは油ハネをよけるために強制着用なのである。屈辱的だが断れないのである(もちろんヅラは断ったが)

・なお、吉奈は小さな温泉町で、さか屋の他には道を隔てて「東府屋(とうふや)」という宿しかないようだ。そしてこの東府屋が実にモダンで良い感じなのですね。全室離れ仕様なのか、和風の小綺麗なコテージが転々とあり、施設内にはクラシックな洋食屋やパン屋、カフェなどもある。「こっちに泊まればよかったー」と痛感してしまう。しかし、今回は「さか屋」に泊まることで「ニュー鄙びた理論」に至ることも出来たのだ。小綺麗な宿に泊まっていては、このような発見はなかったし、これはこれで良かったということにしておこう。

・尚、チェックアウトする時に大女将が山葵をくれたり、タクシー代を値切ってくれたり、基本的に良い人なのである。「情弱の客で儲けてやる!」みたいな悪意は感じない(ヅラにだけは大いなる悪意を感じたが)例えばコンサルタントが入って立て直せば、良くなる余地は無限にあるような宿である。現状のままでは二度と行くことはないだろうが、なんとか良い宿に再生して欲しいと思わせる場所だった。
(完)

訂正とお詫び、ではなく「訂正しないお詫び」:書き終わった後で「ひなびた」っていうのは田舎風の、という意味だからこの場合「さびれた」の使用が妥当だったか、と気がついたけれど、そのままにしています。気が向いたら修正します。すみません。
posted by LSTY | Comment(2) | TrackBack(0) | 旅行 | このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
「チョンマゲのヅラ」と「お姫様のヅラ」と強制着用の裃。 
忘年会や新年会に使ったら楽しそうですねぇ(笑) 
Posted by nana at 2016年03月09日 19:49
■nanaさんへ
 そうなんです。例えば社内旅行とかであれば良いんです。しかし夫婦二人の旅行で、そんな物かぶるか!と言ったんですが、奥さんは「ノリの良い夫婦だったら、かぶるんじゃない?」と言ってました。
Posted by LSTY at 2016年03月15日 10:00
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