2018年03月26日

ハイバイ「ヒッキー・ソトニデテミターノ」感想

Pop is dead.・ハイバイの「ヒッキー・ソトニデテミターノ」という芝居を見た。引きこもりとその家族や「元引きこもりで、今は『引きこもりを外に出す仕事』の助手」をやっている人の話だ。言わずもがなかも知れないが、タイトルは「引きこもりが外に出てみた」の意である。
・数年前に同じ劇団の「おとこたち」という芝居を見て、その時の感想は「まあまあ」。今回の芝居も引きこもりなんて陰鬱な題材、さらにタイトルも馬鹿っぽいので余り期待していなかった。しかし面白かった。笑ったし、クライマックスでボロボロ泣いた。笑いと悲しみが隣り合った、良い芝居だった。

・話の主軸は、元引きこもりの男(岩井秀人)が、施設の職員(チャン・リーメイ)の助手として、引きこもっている男たち(田村健太郎、古舘寛治)を家の外に出す、というもの。そこに、この元引きこもりが何故家を出るに至ったのか、というストーリーが絡んでくる。
・僕がボロ泣きしたのは、この、岩井秀人が家を出る部分。ここで泣かない人も居るだろうし、Twitterで感想を読むと、全然違うところ、僕が特にどうとも思わなかった(むしろ滑稽味を感じた)部分で泣くという人も居た。
・先に書いた「笑いと悲しみが隣り合った」というのはここで、ある人にとっては笑うポイントが、他の人では心の琴線に触れて泣けてしまう、というような芝居。
・引きこもりではない、普通の生活を送っている人も実は「現実と折り合いをつけながら、平均台の上を歩くように微妙なバランスをとって日常を過ごしている」わけであり、ふとしたことが原因で心の均衡を失ったりする。そういう事を予感させるような、非常に繊細で、ある意味「健全な生活」にとっては危険な芝居だとすら言える。つまり「そういう事に気付かされてしまう」というのは、危険なんですよ。

・しかし決して過激な表現をもつ芝居というか、そういうわけではない。笑える部分も多いし、見やすい芝居であって、しかし「あ、これ俺のことじゃん」とか思える。そういう芝居は多いけど、この芝居ほど「あ、これ俺のことじゃん」が、自分の不安感や、精神的なアンバランスという弱みにグサグサ刺さってくるような芝居は初めてかも知れない。しかも「人によって泣くポイントが違う」と書いたように、この芝居の観劇体験はかなり個人的なものになっているんじゃなかろうか。
・そういう芝居なので、内容について語るのは難しい。機会があったら見てみて下さい、としか言えない。いやそれ以上に、あらすじを書いてしまうとこの芝居が「ただのフォーマット」になってしまうような気がする。それが恐い。割と単純な話だけに「あー、そういう話ね」と勝手に分かったつもりになりがちな芝居、だとも思える。実際に見ないとこの凄さは分からない、なんていかにも陳腐な言い方だけれど、しかしそういう芝居なので仕方ない。
・因みに個人的に興味深かったのは「家の外に出ない引きこもり」と「外資系企業に買収された日本企業(日本の外に出ない日本人)」を対比させるような表現が出てきた部分。普通に社会人やっているように見えて、ものすごい外圧に耐えてるんだよ人間は。思えばこの芝居見てから、私も精神面で不安定になった気がする。

・一方笑った部分は、古館寛治の出演シーン全般(この役は良い役だねえ)と、「飛びこもり」の場面。あと「きのこたちの冒険」のくだりは、私自身いつも考えていることなので笑ったというより、共感した。

・上に役者名を書いたが、役者が、彼らの演技が極めて素晴らしい。まず引きこもりたちの演技に感心。自身が引きこもり体験者である岩井秀人に加え、古館寛治の所作、話し方が素晴らしい。岩井秀人の歩き方なんか、あれだけで芸術的だと思う。
・田村健太郎という若い役者も、すごい。あそこまで客に不協和音を感じさせるような演技、客が心底から嫌えるような役を演じきるのは、あれ実はかなり難しいんじゃなかろうか。
・チャン・リーメイという女優はこの芝居の中ですごく独特の立ち位置に居る人なんだけど、その説得力のある堂々さと、肉体的な美しさが素晴らしい。
・で、もう一人、古館寛治の父親役をやっていた猪股俊明という老優。この人が「私が舞台で見た中で最高の俳優」だった。最初の台詞「こんにちは。」から衝撃を受けた。つまり、台詞を読んでいる感じが全くないのです。芝居をしていない。この人から、この瞬間に出たそのままの言葉。役者が舞台の上で発する言葉というのは、全て「台詞として」聞こえるものだけれど、この人の台詞は全く違った。こんな役者は初めて見た。
・というわけで、役者の演技が素晴らしいのも「機会があったら見てみて下さい」としか言えない理由の一つ。
・また役者だけではなく、台本における言葉の選択など文句が付けられない。ほぼ完璧である。

・「客席と舞台の一体化」とか言うけど、そんなもんじゃないね。見ている客が一人一人、バラバラに舞台と対峙して、グサグサと心をやられるような芝居でしたね、これは。おかげで今に至っても頭痛が止まらない。
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