2018年12月10日

12/8-9日記(すし屋・辻留・京都御所・朝食喜心)

Pop is dead.■12/8
・京都祇園「白碗竹カイ樓(バイワンジュウカイロウ、Google翻訳によると「白いお椀と竹の箸」という意味のよう)」で昼食。際コーポレーションの店ということで不安だったが、まあまあ美味しい。ただ昼のコース3,800円は高いし、厨房に全く緊張感が無い店なので今後に期待は持てない。例えばオーダーはフロア担当が復唱して、カウンター内の料理人が全員で「はい」と応えるのだが、その上で間違えたものが出てくるというのはどういう事なんだろう。だったら復唱なんか無駄なのでやめれば良いのだ。売りにしているふかひれも、驚くほどのものではなし。

・四条から三条までブラブラ歩いた後、三条駅から烏丸御池経由で丸太町へ。ノク京都にチェックインし、京都駅へ。伊勢丹B2Fで辻留の弁当を購入してJRで東福寺まで出て、京阪で祇園四条に戻る。
・京都というのは厄介な街で、JR、市営地下鉄、京阪、阪急、それに京福と何社もの路線が入り乱れている。東京だと山手線の内側だと営団線と都営線でだいたいどこにでも行けるけれど、京都の場合そうはいかないので電車代も余計かかるような気がする。

・本日のメインは四条南座「すし屋」の仁左衛門。さすがに良い。しかし以前、幸四郎(現白鸚)のいがみの権太を見たときにも思ったんだけど、権太が刺されてからがダラッとする。
・その後、「面かぶり」「白浪五人男」「三社祭」となる。今回、弁天小僧は愛之助。この人が出てくると一気に大衆演劇みたいになる。「三社祭」は鷹之資と千之助による若々しい踊りで、これで終演を迎えるのはよろしい。
・しかし今回の興行、16:50という中途半端な開演時間もどうかと思うし、終演が22時近くというのもどうなんだろう。京都市内に住んでいる人なら問題ないだろうが、阪神や奈良あたりから見に来ている人にとっては迷惑な時間割だと思う(最終幕を見ずに帰る客も散見された)鴈治郎の「面かぶり」をよしにして、17時開演、21:30終演くらいにするべきだったろうと思う。あと、こけら落とし興行とは言え三階席で10,000円とはチケット高すぎ。
・もう一つ南座に対する文句。携帯電波のジャミングが弱すぎる。携帯鳴りまくりじゃねえか。

・さて、いつも芝居を見るときに思うのが「芝居のせいで一食無駄にするのはいかにも口惜しい」という事で、今回特に京都まで来てつまらない物を食べたくないと思い「辻留」の弁当を買ったのだった。鯛のなます、鰆の焼き物、鶉の肉団子、むかごの入った炊き合わせ、練り物、鯖鮨などなど。さすがにうまいので感心した(なんと5,000円もする)しかし幕間に食べるのはもったいないな、さすがに。家で、酒でも飲みながらゆっくりやっつけるべき料理だった。
・ただ、容器が発泡スチロール製、内側の容器がプラスチック製だったりというのがちょっと興を削ぐかな(木や陶磁器を使っていると後始末が大変なのだけど)

・終演後、ホテルのバーで飲む。バンブー、カミカゼ、ギブスン(パールオニオン抜き)だけで、かなり酔った。ここのバーテンダーは若いけれどしっかりしていて、良い感じだった。

■12/9
・ホテルで朝食。ここの朝食は下の部類に入る。パン(選べる)ソーセージ、ハム、スクランブルドエッグ、じゃがいもと豆を炒めたものにヨーグルト、果物だが、ちっともうまくない。しかもこれで値段が2,000円ってどうよ(ただし宿泊時に予約しておくと2,000円はしなかったと思う)

・チェックアウト後、京都御所へ。ホテルを出るとすぐに御所の敷地(京都御苑)だが、敷地がだだっ広いので蛤御門を経て御所の入り口(清所門)に着くまで約20分もかかる。

宮内庁職員による説明つき見学(無料、予約不要、中抜け可)に参加したんだけど参加人数がかなり多い。100人はいなかったかも知れないが、50人は超えていたはず。
・紫宸殿、清涼殿、御常御殿と順路に沿って見て回るが、見るべきものは紫宸殿と清涼殿。その他は近世のものであって、いかにも貴族趣味な味はない。
・私は歴史に詳しいわけではないけれど、公開されている範囲では清涼殿の庭に植えられた漢竹(かわたけ)・呉竹(くれたけ)あれが「貴族趣味」なのだと思っている。あの、何の気を遣うこともなくボサッと植えられた草木こそが、公家のセンスなのだと感じる。公開されていないが、萩の庭(萩壷)も確か雑草のように萩がボサボサ生えた感じじゃなかったか。
・ああいう、我々のように現代に生きる庶民から見ると「妙な造形」というか、ある意味「一般的な美術的感覚とは反対にあるようなもの」こそが、中世に至るまでの公家に特有の美意識を象徴しているのではないか。
・そういう目で見ると、御常御殿周辺の庭なんていかにも人工的でつまらない。
・全体の印象はテレビ番組「天皇の世紀」で伊丹十三が言っていたように「入った者に身分の違いを思い知らせるための装置」だというもの。身分ごとに入る門、渡れる通路、通される部屋が決まっていて、身分=「天皇が認め、天皇によって与えられた位」を強く自覚させる、つまり天皇の権威を示すための運用になっている。
・あとこれも「天皇の世紀」で触れられていたけれど、やはり堀のない王宮というのは奇妙だ。「攻め入るのは勝手だけれど、この国で君たちに特権を与えられる仕組みは天皇だけなんだから、天皇がいなくなって困るのは君たちだよ」という事だろうか(堀川通りという通りがあるので、元の場所に王宮があったときには堀はあったのだろうか)

・京都御所見終わり、丸太町から四条に出てまた祇園へ。「朝食喜心(きしん)」で昼を食べるのだ。ここは有名な「なかひがし」の息子がやっているらしい店で、御飯と目刺しと汁物が出る。これ「なかひがし」のコンパクト版じゃないか、ということで面白そうなので予約してみた。
・最初、組み上げ湯葉と少しの野菜が出る。塩とオリーブオイルで食べるのだけど、味が濃くてうまい。汁物はきのこと蓮根餅、生麩、豆腐などが入ったすまし汁。油ものが入っていることもあり、素直に出汁の味を楽しむという感じはしない。目刺しはうまいが、ただ驚くほどのものではない。漬物もうまいが特別感心するポイントなし。
・御飯は蒸れる前のもの(なかひがしでは「御飯のアルデンテ」とか言っていたが、懐石で言う「凌ぎ」にあたるイメージだろう)から、ごくごく少量ずつが5〜6回に分けて出てくる。確かに味が変わって面白いのだが、一回に出る量が2〜2.5口分くらいなので、どうも食事のはかが行かない。
・これで2,500円。今回私は昼食で使ったけど、朝食だったらアリかなあ。昼食だとさすがに少し物足りない。時間もあるのでお茶菓子(最中)と抹茶を追加したら4,000円弱になった。この値段だとさすがにオッと思うね。

・食事の後、すぐに帰路につく。
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