2019年06月04日

「なんでそんなことまでブログに書くの?」に対する回答

Pop is dead.・新幹線の16号車が好き。東京駅に着いて、降りたらすぐ日本橋口の出口から出られて、歩いて日本橋駅に行けるから。
・雨が降っていれば、地下を通って大手町駅に行けばよし。
・半蔵門線の三越前駅も、日本橋駅とほぼ同じくらいの距離だし便利

・ただ、東京に向かっているときに思うのは「衝突したら絶対死ぬで」ということです。先頭車両だから。
・ところで今度、京都に行くときにも16号車に乗る。地下鉄への乗り継ぎには16号車が良さそうだから。

・近況。ここには書けないことを、別のブログに書いているけれど、いろいろあってそっちにも書けないというか書くべきではないというか、こんなこと書いても面白くないだろうなあ(※)という空気になってきたので、ローカルの、自分しか読まない日記を書き始めた。
(※結局ずっと思考が同じ所をぐるぐる回るだけの状況になってきたので、他人が読んでも面白くないだろうという感じ)

・数ヶ月前、古くからの友人に「○○ちゃんは、なんでそんな事までブログに書くのかなあ」と、呆れた感じで言われた。
・今回は、その友人の質問に対するこたえを書く。

・なんでブログを書くのか、それも普通の人では書かないようなプライベイトな事まで書くのか、については考えがある。でもこれ、言葉にすると大仰かつ偽善的になるので難しい。
・大前提としてあるのは、これは過去にも書いてる事だけど「ブログは人だから」っていうのが大きな理由で、この場所を「僕が生きている(た)証拠、記録としてのブログ」にしたいから。
・だからそこに、自分のバカな部分も、エロい部分も、あるいは間違った方向に怒りまくってることとか、異常な性癖についても記録しておかなければ、例えば表面的できれいな事柄だけを書いていただけでは「自分自身の人生の記録」にはならないだろう、と思う。
・露悪的な部分を特段の躊躇なく書くのには、そういう理由がある。むしろ、露悪的なことほど「書かないではいられない」という気持ちが実は結構ある。

・ただこれは前述した「別のブログ」を書くという行為とは矛盾している。
・当該ブログをここと切り離したのは、通常の人間関係に影響を及ぼすとか、あるいはこのブログを読んでる人はそこまで知りたく(読みたく)ないだろうなあ、という理由が主。他にもあるけど。
・ただごく親しい友人にはそのブログの事を伝えているので、僕が死んだらそこと紐付いても全く構わないと思っているし、むしろ紐付いて欲しい。それで、記録がより私全体に近付くのであれば。

・どこかの作家だかが「あなたの人生は記録するためのものではない」と書いていたけれど、それは違うと思う。

・人間はそれぞれに違う生き方をしている。みんな固有の人生を歩んでいて、実は結構な人達が「自分の人生の正しさ」みたいなものに悩んでたりする。
・僕も、結構いびつな人生を歩んでいると思う。ただ僕は楽観的な人間なので「俺の人生、間違ってる?」とか思わないのです。無責任に人生を生きてる。
・ただ一方で、僕と似たような生き方をしながら「自分の人生は間違っているのでは?」と日々不安に思ってるような人も、多分たくさんいるんじゃないかと思う。
・そういう人が僕のブログを見て「ああ、こんなバカにはなりたくない」と自分の生き方を変えたり、逆に「ああ、こういう生き方してる人が他にもいるんだ、これでいいのか」と楽になったりすれば、それで本望なのです。

・だから一人のおじさんの生き方のサンプルとしてね、このブログがあって「こういうふうに生きてる人がいるよ」って、まあ標本みたいなものですね。
・標本なら、なるべく完全体の標本の方が良いじゃないですか。頭から尻尾まで揃ってる方が。変なことも含めて書くって言うのは、そのためですね。
posted by LSTY | Comment(4) | Web(ブログ) | このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
 古くからの友人です。
 〇〇ちゃんが言った言葉で思い出すのが、エロビデオのセレクトについて「そんなエロいの見ても、おもしろくない」と言われたこと。なるほど、「エロ」についても「おもしろさ」を求めるのが〇〇ちゃんなんだなあ、といたく感動したのを覚えている。
 以来、僕にとってはマジなエロは「おもしろくないもの」と認識するようになった。実際僕にとってあまりおもしろいものではない。エロについては、人それぞれにポイントが多すぎて(性癖が広範すぎて)、共感なり理解なりできる人が限られる、というのもそう考える理由かもしれない。そして、基本的に他人にとっておもしろいと思われないものは共有しないというのが僕の考え方だから、結果的にマジなエロについては共有するものではないという固定観念を持っているのだと思う。
 ○○ちゃんってエロに限らず「おもしろいもの」にフォーカスしていると思っていたので、なんで書くのかなあ、と思ったんだな。〇〇ちゃんの「完全体の標本」を目指すということについては、そもそも不可能と思っているので私は1回も考えたことがない。
 「完全体の標本」を作る意味として、自分と同じようなを思っている人、悩んでいる人が世の中にいる、という考え方は、実に素晴らしい。
 ○○ちゃんは、常に私の想像のはるか彼方のことを考えているんだなあ、というのが感想ですわ。
Posted by ひげめがね at 2019年06月05日 09:42
@ひげめがね
 おお、コメントありがとう。
 なんかエロに偏ってるけど。というかコンテンツとしてのポルノと、恋愛とではまた話が変わってくるようにも思うけどなあ。

 このブログも初期はひどく真面目な恋愛について書いてたけど、その理由は「失恋してどん底に陥ってる姿を晒して、他人に面白がってもらう」というのが多少なりともあった。真面目なものでありながら、観覧する側から見たら「面白いもの」だろうという感覚

 ポルノの場合、通り一遍等のものは面白くないけど、恋愛というのは「普通の恋愛」であっても、無駄に悩んだり突き落とされてたりってのは他人から見ると愉快なのではないか。
 数年前まで、このブログのタイトルが「他人の不幸は蜜の味」だったのには、そういう理由がある。

 完全な標本というのは確かに無理だね。ただ、多少なりとも完全に「近づけたい」とは思っているので、当たり障りのある事も書くぞ、という話
 
 あとやっぱり、いろいろ悩んでいる人って世の中に多いと感じてるので、やっぱり僕みたいに厚顔無恥な人間こそ、おのれのアホを晒して生きている様を開陳すべきだよなあ、というようなことはやっぱり感じてます。
 ではまた。
Posted by LSTY at 2019年06月05日 15:22
この話、先ほどお話ししたことですね。

Posted by チャリーモ at 2019年06月08日 23:21
■チャリーモさん
 コメントありがとうございます。あれ、そんなこと話しましたっけ。
 (自分がしゃべったことって覚えてない)
Posted by LSTY at 2019年06月09日 16:36
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