2010年11月02日

氷塊

 久しぶりに、実に6年ぶりくらいに「死にたい」という感情と欲求が具体化して心に迫ってきた。

 僕の思い出は完全に凍結してしまって、それは溶け出すこともないし、それどころか壊すことすら出来ない。そんな固まりが、僕の心の大部分を占めている。
 結局何も変わらず、ただ僕は「自分の心の中にある、とんでもなく大きな固まり」の存在に気付いただけだ。6年前に死んでおいた方が良かったのかと思う。

 まあ、「死ぬ死ぬ詐欺」みたいなもんで、多分死なないとは思う。でも今の僕は間違いなく死にたいのです。その、自分の気持ちを記録しておきたい。
 女は嘘ばっかりつく。女なんてものと付き合ってると、ロクなことがない。でも、俺はおまえが好きなんだ、という気持ち。それが男の恋であり、また誠である。女は、それをも踏みにじるのだ。

 せめて、誠には情をもって応えて欲しい、と思いながら、僕は多分これからも、裏切られながら恋をしたりするように思う。死なない限り。

2010年11月01日

電話

 ある女の子に電話をかけた。出ない。出やがらねえ。
 こんなことだけで、奈落の底に落ちたりするわけです、男ってのは。

 で「この女の子と話が出来ない人生は闇だ!」という御題を思いついて、そこで思いついた女の子(この場合、年上だから「女の人」と言うべきか、あるいは「女」と書いて「ひと」か?」)に電話した。
 いい感じで諭されて、まあ少し落ち着いた。

 やっぱり僕の人生において女は必須だなあ。それは「恋人」であれ「女の子」であれ「『女』と書いて『ひと』」であれ、また風俗嬢、キャバ嬢であれ、だ。

2010年10月28日

恋愛マーケティング

 自分がどこまでキャバクラの女の子にハマるのか、恐ろしくもドキドキしていたのだが、毒が抜けるように今は何ともない。じゃあもう行かないのかと言えばそうではなくて、まあそのうち行こうとは思うが、以前のような「依存性」は感じない。こうなってくると「顔出し」という義務感になってしまって、面白くないと言えば面白くないのだが。

 というか。

 僕はキャバクラに行く前に、たいてい必ずどっかで下地をこしらえる。バーで一杯(というか2、3杯)ひっかけてからキャバに乗り込むわけです。
 そっちのバーで、いい知り合いを作った方が健全ではある。いや、男で。
 ただねえ、どうも僕が出入りする地元のバーって客層が良くない。妙に「インテリ気取り」の客ばかりで。そう思うと門前仲町BigHornの客層は良かった。あれは店主の人徳によるものなのかも知れない。僕がタモリ倶楽部の話をしてると、店主が店の奥から地図を出してきて、深夜二時頃まで河川の話をする、なんてのは楽しかった。
 田舎では、そういう「ノリ」ってのはない。言い換えれば、バーという空間でリラックスしてる客が少ないのであります。これは、地方都市に行ってスナックではなく、正統なバーに行くと、おおむねそうなんじゃないかと思う。
 なので僕はずっとバーで本を読んでる。たまに少しだけ、店員と話すけど。

 そうだなあ、田舎がいやなのは「友達が出来ない」ってことも大きい。趣味の話がガッツリ出来る友達は、今のところ嫁だけだ。

 ちょっと待った。もとい。バーで作る知り合いが男だったら、当初の願望である「若い女の子と食事に行きたい」はどうなるのかな。
 正直、ガッツリ趣味の話が出来る知り合い(男)がいれば、女なんかいらんような気もするが。

 で、先日書いたみたいにキャバクラの商売は「やれるようでやれない感じ」が根底にあって、結局これって「中高生男子の恋愛」なんだよね。「うーん、次のデートでチューまでいけるかなあ」という。男はやっぱりジラされるのが好きなんだなあ、と思う。そうやって永遠にジラされるわけですが、ジラされる事自体が快楽なので「チューできない」って事実は割とどうでもいい。
 そう考えるとキャバのマーケティングは「永遠の童貞諸君」に対して完璧だ。

 で、この「やれそうでやれない」イコール「欲望と諦念」でありまして、これは童貞ならずとも、全ての男子に有効な攻略法であるように思える、思いたい!

 しかし、ここまで男子の心を翻弄するシステムを作って「耳かき店殺人」みたいな事例が表に出ないのはちょっと不思議だなあ。

 最近、風俗やキャバクラの話で、自分の恋愛話を持ち出すことが多いんだけど、結局これって「俺はかつて、これだけ人のことを愛せていたんだ」っていう、まあ「俺ってすごい」「自分大好き」な話なんだよね。
 過去のああいうラブレターを読み返してみても、どうも最近「彼女とヨリを戻したい」とは思わなくなってきた。そりゃ表面的にそう思いたいだけかも知れないけど、なんというのかなあ、何かが「切れた」んですよ、感情の線が。
 今、現実的な話をすると「僕はどうすれば、嫁に対して『恋』という感情を抱けるんだろうか」って事を考えてます。好きだよ、愛情はあるんだ。でも恋心はないんだな。そこをどうしようか、というのが目下の悩みです。
 まあ、誰にも相談はしませんが。

 蕎麦屋メモ:さらざん、オシャレだが良い店ではない。蕎麦水っぽく味はない。そば湯もそば茶も過剰にぬるい。酒の供し方もヤクザ的で好意もてず。

2010年10月25日

心がゾワゾワしてきた!

 最近心が迷走中な訳で、そんな中で昔ブログに書いていた記事を読み返してみた。
 ガクゼンとしたね、「俺はこんな風に人を愛せる人間なのか」と。そのころの僕の文章は、愛というか恋とセックスに満ちあふれている。

旧・他人の不幸は蜜の味:恋愛 - livedoor Blog(ブログ)

 ただ、こういうのを読んで「彼女とヨリを戻したい」とはあまり思わないわけで、だって今の俺には、ここまでのパワーはないもの。いやな言い方だけど、結局彼女には「捨てられた」わけなので、再会しても僕の側があの頃のように本気で好きにはなれないだろうし。
 セックスフレンドなら良いよ「(笑)」とは思うが、それすら「」付きの告白だ。本気で好きな女とのセックスと、そうじゃないセックスとでは開きが大きすぎる。
 つきつめて考えると、僕は誰かを本気で好きになって、その子とセックスしたいんだよね。最終的にそれは「出来ない相談」てことになる。

 でも、まあキスくらいはいいんじゃないの?という。それくらい、嫁も許してくれるんじゃねえかという甘えもある。

 今、もうれつにキスしたい女の子は、一人だけいます。

2010年10月24日

2004年に僕が書いたテキスト

 livedoorブログに書いていた頃の僕のテキストは、まさに僕の恋愛感情そのものであって、読み返してみて心が震える。

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30時間テレビ見てて思ったんですけど、衣装さんとかね、私もなぜかテレビ出てたりするんで(笑)あの、ピンマイクつけられたりとかですね、結構ドキッとするんですよ。


 新婚さんでネクタイを奥さんがしめたりとかですね、そういう感じじゃないですか。

 僕は自分でネクタイしめますけどね。その方が早いし。でも、あいつともしも一緒になれるのなら、一回くらいはしめて欲しいかな。
 で、あいつは不器用なので、なかなかうまくしめられないのですよ、たぶん。「そんでこれをココに入れて、」なんてやってる。
 そんで僕が、

 「○○、お前、やっぱりかわいいな」

 とか唐突に言う。
 で、ネクタイと格闘してるあいつにちょっかいを出す。
 「そんなことしとったら、遅れるよ」

 「15分で終わるよ」

 「ばか」
 って言いながらコトに及ぶのであった。

 あー、こういうとき、あいつが「バカ」って言って拒否したのは、「照れ」ではなくって「片手間じゃなくて、もっとじっくりイかせろ、バカ」って意味だったんだと、今さら気付きましたよ。

 あいつとは、心も体も本当に合ったし、顔も完全にタイプだったので、それはまあ恐ろしく「理想の相手」だったので、ひとつ怖いことがあったのです。

 あいつともしも結婚したら、僕は仕事できないじゃないかと。
 仕事場でも、あいつのことばっかり考えてしまうんじゃないか。昔話の「絵姿女房」のように。

 そんな不安を吐露すると、あいつは「そんなんあかんよ。一生懸命仕事したら、ごほうびあげるから。」なんて言う。

 ごほうびって、セックスだろ。お前もしたいんじゃんか。そんなのごほうびじゃないよ、って言ってやったけど。でも、あいつのごほうびは、たしかにとてもうれしかった。

 まだ好きだなあ。もうだんだん好きであることに疲れてきたような、そんな気がしていたのだけれど、まだ好きなんだな
(2004/10/18)
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2010年10月21日

女の子のためのモテク紹介

 そうだ、大阪の風俗嬢で好きな子がいるんです。サバサバした子で、普通に一緒に飲みに行きたい子だ。で、その子の話を聞いてて、後で考えて「ああ、俺はあのしゃべり方が好きなんだ」と思った。一言で言うと、

・ポジティブ系の言葉を2回繰り返す

 です。例えば「ちょっと飲もうか」「飲もう飲もう!」とか。「いこういこう!」「やろうやろう!」っていう「レッツほにゃらら!」って時に二回繰り返す。他の男は知らんが、僕はこれが好きです。
 ちなみに僕が今いれこんでるキャバ嬢は、相づちを打つ時に「うんうんうん。」と3回繰り返す。これは何だろうね、良いとは思わんが、しかし個性というやつです。

2010年10月19日

旦那に言ってはいけない言葉

 急に気づいた欲求というのは「女の子に叱られたい」という事です。最近のこういうすさんだ生活態度に対して「あんた最低やな」とか「なにしてんの」と叱られたい。
 それはいわゆる「Mとしての欲求」ではなくて、徹底的に甘えられるような女の子が欲しいんですね、甘えるっていうのにも多くの意味があるので難しいんだけど、すごく単純化してしまうと「僕が依存している=恋をしている女性に愛され、かつその結果として叱られたい」という、そういう欲求です。
 しかしそういう欲求は、玄人では誰も満たしてくれないよなあ。

 こういう話に対して「嫁」を持ち出してくるのは愚問でして、それは妻子持ちの男からすればアタリメの話なんですが、そういうことを明言しないのね、世の男は。

 それはさておき、多分僕はすごく精神的に弱ってるんだけど、玄人ではそれを救えないように、思う。じゃあ素人に行くのかっていうと、それは違うよなあ。
 素人と恋愛するっていうのは、僕にとってはほとんど「本気になる」ってことです。だからやめておく、というかやめておきたい。いや、しかし恋愛なんて交通事故みたいなもので、遭いたくなくても遭うものではある。

 で、おまけ情報みたいなもんですが、僕が考える「嫁が旦那に対して言ってはいけない言葉」、このワースト1は「私のこと好き?」であります。
 あのなあ、好きじゃなかったら結婚しない。
<一段落削除>
 ちなみに僕は「愛してる」の先は「同じ墓に入る」であり、「恋してる」の先は「セックス」だと思ってます。

<一段落削除>

 いや俺は本格的に疲れてるな。

2010年10月06日

こういう時に助けてくれるモノ

 ここのところ、気分がささくれ立っている。
 ただまだ、好きな音楽は心地良いん。車の中で「FreeSoul Garden」聞いてて、少しの間だけ幸せな気分になった。これはまだマシな方だ。
 このまま放っておくと、音楽さえも苦痛になる。灰色の世界というやつだ、あれ、なんだろうね。中島らも「アマニタパンセリナ」にある、覚醒剤が切れたような感覚?私はドラッグはやらないんだけど、なのにこんな感覚になるのはワリに合わない。
 今まで、こういう気分を救ってくれたのは女の子だった。恋人でもない、セックスもしない、なんと言うことはない、偶然の、ある女の子との出会い。どういうわけか、そういうきっかけが僕をそういうアパシーから救ってくれた。あれは何だったんだろう。本当に、一度会っただけの女の子との、本当になんでもない会話が、何かの転機になった。
 そういうきっかけを求めてだろうか、最近ずいぶんたくさんの女の子と会った。「アマニタパンセリナ」は、その中の一人の女の子、背中一面に彫り物の入った、18だという女の子にあげた。その子は風俗嬢で、大阪の女の子だったので、中島らもを薦めたくなったのだ。
 しかしどうも、風俗の女の子と会っても、そういう灰色の世界は終わらないようだ。

 寂しいんだろうなあ、と思う。奥さんもいて、その奥さんは僕を愛してくれている。それで寂しいなんていうのは、これは贅沢というかフザケた物言いではあります。しかし、気障な言い方をすれば、男ってそういうものではありますまいか。
 というわけで寂しい日々を過ごしております。だからどうしてくれって訳ではないが。

 さて、最近になって「フィギュアぶっかけ」なるエロジャンルの存在を知った。なんてこたない、オタク男子が、自らの精液をアニメのフィギュアにかけ、それを画像なり動画に記録して陳列する、という趣味でして、これなかなか面白い。つまり「精液のかかったフィギュア」に興奮するのか「自らの射精を陳列すること」に興奮するのか、ここの境界が曖昧なのが面白い。
 僕も男根フェチだが、しかしたぶんホモセクシャルではないので、僕の男根フェチは「自分の男根や、自分の興奮状態を再認識することで興奮する」という延長なのだと思う。で、フィギュアぶっかけマニアもその類型だとすれば、アニメ好きには「自分好き」が多いのかなあ、なんてことを想像するわけです。僕自身がそうだから。
 しかし、他人の分析なんかしてる場合ではない。

 そうだ、寂しいんだ俺は。下手に風俗になんか行くから、その気持ちに気づいてしまったではないか。
 しかしこういう時に悪あがきしても仕方ない。死なずになんとかやり過ごしていれば、多分なんとかなる。まだ、そこまで深刻な状況ではない。

2010年06月23日

永井あいことMarin.

 AV女優で言えば、永井あいこみたいな女の子はいいなあ。ああいう顔も好きだし、絶叫系の喘ぎは、嫌いな人も多いかも知れないけど、僕は好きだ。「おいおい、外に聞こえるだろ」と引くくらいの喘ぎ声。
 なんだろう、セックスに際して、僕に対して無防備になってくれてるんだな、という、自分を解放した気持ちよがり方っていうのがいい。つまり、僕にだけ見せてくれる特別な顔を、そこで「あからさまに」見せて欲しいわけですよ。
 これって、当たり前のようでいて、実はファンタジーなのだと思う。

 あと。

 最近ぐっと来たのがMarin.の「ハイパーデジタルモザイク」における台詞「なんでそんなにできるん?!」これは男優の絶倫ぶりを評価しての言葉なんだけど、これは良かったなあ。
 男はどこかで、セックスに関して二元論的な価値感を信じてるように思う。「巨根」とか「絶倫」とか。大きければ気持ちいいとか、何回もやれればいいとか、それって多分違うんですよ。でも、違うと分かってても、男はなんか「巨根・絶倫」にあこがれている。
 そういうのに、Marin.という人はうまくアピールしてきたね。

2010年02月18日

無くしたら、取り戻すまで。

 なくしたら、取り戻すまで。

 と言っていた広末涼子のCM。これを見て、その映像の、その脇の下をベロンベロン舐めたいと直感的に思った。
 いや、俺は変態だしエロいなあ、とか思いながら、つまり、恋愛というのは、異性の劣情をいかに刺激できるかって事なのです。

 女は嫌いだ、という感覚と、やっぱり女は良いよ、というアンビバレンツ、この狭間の、痺れによるドキドキ。これが恋というものであって、この異状性による快楽・悦楽ってのはなんとも言えないですね。

 いや、僕自身は今現在、不倫をしてるわけではないが、恋愛は良いなあ、と。そんなことを思いつつある。

 その発露が「広末涼子の脇のくぼみを、ベロンベロンと舐めたい」という、そこなんですな。低俗と言われようが、そんなもんだ。

2008年04月11日

夫log002

Pop is dead. 専業主婦の仕事というのは三つあって、
・掃除
・洗濯
・炊事(料理)
 ですね、まあ言うまでもない。
 で、これですね、優先順位をつけるとするとどうなるか。一番きっちりするべきものはどれかというとですね、どれだと思いますか普通。
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2008年03月06日

童貞力について

Pop is dead. 中高生とwebとの関わりについては少し前に少しだけ考えていて、僕なりに「こういうことだな」という認識がある。
 で、今日ITmediaにこんなニュースが載っていた。
「小学生が殺害予告」相次ぐ ネット犯罪が低年齢化 - ITmedia News
 別にこういう事の裏側には「子供の変容」があるわけではない、と思う。子供というのはそんなに変わっていなくて、単純に彼らに「悪意を放出するための『場』」が与えられただけなんじゃないか、と。
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2007年12月07日

30代男子のためのモテク

Pop is dead. 何年か前に「モテク」という言葉を知って、このチープな小技集に感動したことがある。実に安易な「かわいい女の子演技術」なのだけれど、しかし男はたしかにこういうのに弱い。
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2005年04月05日

愛と渇望の一斉放水

DOB_devil(byTakashiMurakami) 僕の家から電車で10分くらいの所に彼女が住んでいるという事実を突然思い出してしまうと、仕事中なのになにもかも全てが抜けてしまって、呆然としてしまう。
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