2019年06月02日

不信

Pop is dead.
ペトロは、「鶏が鳴く前に、あなたは私を三度知らないと言うだろう」と言われたイエスの言葉を思い出した。そして外に出て、激しく泣いた。
マタイによる福音書 26. 75

・なぜこんな一節を突然引用したのかメモ(2019/6/3記)

・真実に対する不信は、その真実が真実であると分かった瞬間に後悔され、その瞬間に強く罪の意識を感じる。
・そしてまた、それが真実が真実であると分かったときには、時既に遅い。その時には全てを失っている。
・そしていかように後悔しようとも、時間が巻き戻ることはない。

・さてこの一節は韓国映画「哭声(コクソン)」にも出てきますね。
・かなりグロい描写のある映画なので何度も見るのはしんどそうだけれど、聖書を理解する手引きにはなりそうな映画。聖書を知らなくても面白い。ブルーレイ買おうかなあ。

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愛情と距離

Pop is dead.
Pop is dead.・恋愛について。男の恋愛と、女の恋愛について思ったこと。

・よく言われるのが「女は上書き保存、男は名前を付けて保存」とか「男は顔に恋をし、女は声に恋をする」というものだけど、これはまあ、一般論としてはそうなんだろうけど、よく分からない部分がある。

・で、個人的に思うのは距離のこと。
・これはかなり個人的な、本当に「私に特有な心の動き」なのかも知れないけど「遠くにいないと思えない」というのがある。遠くというか、相手がいない状態の時に、思いが強くなる。
・具体的には、奥さんがそこにいない仕事の帰り道とかで、突然、彼女に対する感謝とか申し訳なさとかが愛情とともにドバーッと感情的に出てくる、なんていうことがよくある。

・一方で、奥さんは僕と一緒にいる時にすごく愛情表現をしてくれる。
・僕は、奥さんと一緒にいる時には結構、感情を殺してるんだよね。まあいわゆる「不器用な男」ってやつなのか、よくわかんないけど。
・そういう「一緒にいる時」と「離れている時」どっちで愛情を感じるかってのが、僕の中での男女の差なのです。

・たしかに、恋愛の絶頂というか初期段階では少し違うんだけど、僕の場合そういう時には相手と一緒にいるといっぱいいっぱいになって愛情云々とか言ってられない、切羽詰まった状態になるので結局同じことか。
・やっぱり童貞をこじらせるとそうなるわな、どうしてもそうなるわけ。