2008年07月03日

7/2日記(蕎麦屋で一杯)

Pop is dead.
Pop is dead.・蕎麦屋で呑む、というのは、いわゆるありがちな「大人の楽しみ」なわけです。

・あれは「タンポポ」だったか、宮本信子扮する主人公が父親を思い出して語る「お酒が好きな人でね、おそば屋さんに行ったら、靴のかたっぽ脱ぎながらお酒を頼んで、もうかたっぽを脱ぎながらおそばを頼む、そんな人だったわ」こんなような台詞。
・渋いおやじをよく表現している。

・そんなわけで同僚と蕎麦屋へ呑みに。
・駅に早く着き、書店へ。内田百間「百鬼園随筆」の文庫版を見付け、購入。百間先生の随筆はちくま文庫でほぼ揃えたが、この新潮版は芥川龍之介による表紙画が良い。
・蕎麦屋へ向かう途中、寂れた寺があるので寄ってみる。本堂の手前左右に、不動明王と多聞天の石像がある。変わった組合せだと思うが、あとで調べるとよくある形式らしい。

・蕎麦屋に着くが、時間がずいぶん早い。実は書店で時間を潰そうと思っていたのだが、書店のおやじが店じまいの準備をしていたためにそうもいかず、本を一冊買って早々に退散したのだ。
・仕方なく、蕎麦屋の近くにある児童公園のベンチで、持参した「預言者ムハンマド」を読む。

・僕は無宗教だけれど「究極の秩序」というような物は信じていて、それはつまり無神論者ではないということなのだろうか。ただ僕の考える「究極の秩序」というのは科学の事なので、要はそれを「科学」と呼ぶか「神」と呼ぶかだけの違いだとも思う。
・ただやはり僕には「預言者」は信じられない。ユダヤ教の「神との契約」という概念も、キリスト教の「サクリファイス」も、イスラム教の「ムハンマドのあとに預言者はいない」という考え方も、いずれも僕には受け入れがたい。

・公園に一組の母子が来て、子供がブランコで遊んでいる。午後七時。そろそろと蕎麦屋へ向かう。

・同僚は遅れるとのこと。板わさ、大根おろしをあてに、日本酒を飲んで待つ。
・同僚が到着し、蕎麦豆腐、焼いたそばがき、鴨焼きなどで一杯。
・この店は、この焼いたそばがきがうまい。揚げ焼きにしたのだろうか、表面はカリカリしていて、中はとろみがある。もしかしたら山芋など入れているのかも知れない。これに鰹節、きざみ葱をのせ、醤油で食べる。他の店では見たことがないが、なかなかの一品。
・しめにざる蕎麦。普段よりもずいぶんおいしい。粉を変えたのだろうか。

・帰ってまた一人で飲む。
・嫁は実家に帰っていてしばらくいない。そうなると洗濯物はたまり、洗い物もたまる。やはり結婚すると男は生活能力を失うなあ、と感じる。料理ももうずいぶんしていない。

百鬼園随筆(新潮文庫)続百鬼園随筆(新潮文庫)
posted by LSTY | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーを含むはてなブックマーク
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