2010年10月06日

こういう時に助けてくれるモノ

Pop is dead.
 ここのところ、気分がささくれ立っている。
 ただまだ、好きな音楽は心地良いん。車の中で「FreeSoul Garden」聞いてて、少しの間だけ幸せな気分になった。これはまだマシな方だ。
 このまま放っておくと、音楽さえも苦痛になる。灰色の世界というやつだ、あれ、なんだろうね。中島らも「アマニタパンセリナ」にある、覚醒剤が切れたような感覚?私はドラッグはやらないんだけど、なのにこんな感覚になるのはワリに合わない。
 今まで、こういう気分を救ってくれたのは女の子だった。恋人でもない、セックスもしない、なんと言うことはない、偶然の、ある女の子との出会い。どういうわけか、そういうきっかけが僕をそういうアパシーから救ってくれた。あれは何だったんだろう。本当に、一度会っただけの女の子との、本当になんでもない会話が、何かの転機になった。
 そういうきっかけを求めてだろうか、最近ずいぶんたくさんの女の子と会った。「アマニタパンセリナ」は、その中の一人の女の子、背中一面に彫り物の入った、18だという女の子にあげた。その子は風俗嬢で、大阪の女の子だったので、中島らもを薦めたくなったのだ。
 しかしどうも、風俗の女の子と会っても、そういう灰色の世界は終わらないようだ。

 寂しいんだろうなあ、と思う。奥さんもいて、その奥さんは僕を愛してくれている。それで寂しいなんていうのは、これは贅沢というかフザケた物言いではあります。しかし、気障な言い方をすれば、男ってそういうものではありますまいか。
 というわけで寂しい日々を過ごしております。だからどうしてくれって訳ではないが。

 さて、最近になって「フィギュアぶっかけ」なるエロジャンルの存在を知った。なんてこたない、オタク男子が、自らの精液をアニメのフィギュアにかけ、それを画像なり動画に記録して陳列する、という趣味でして、これなかなか面白い。つまり「精液のかかったフィギュア」に興奮するのか「自らの射精を陳列すること」に興奮するのか、ここの境界が曖昧なのが面白い。
 僕も男根フェチだが、しかしたぶんホモセクシャルではないので、僕の男根フェチは「自分の男根や、自分の興奮状態を再認識することで興奮する」という延長なのだと思う。で、フィギュアぶっかけマニアもその類型だとすれば、アニメ好きには「自分好き」が多いのかなあ、なんてことを想像するわけです。僕自身がそうだから。
 しかし、他人の分析なんかしてる場合ではない。

 そうだ、寂しいんだ俺は。下手に風俗になんか行くから、その気持ちに気づいてしまったではないか。
 しかしこういう時に悪あがきしても仕方ない。死なずになんとかやり過ごしていれば、多分なんとかなる。まだ、そこまで深刻な状況ではない。
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