2011年01月25日

1/25日記(結膜炎治りかけ・冬の夜の夢)

Pop is dead.
 2週間に渡って罹患している結膜炎だが、ようやく治ってくる。結膜炎を理由に運動(プール)にも行っていなかったので、休日も含めて引きこもり人生。職場と自宅の往復で、しかも家で誰も待っているわけでもない、という生活は精神衛生上あまりよろしくないように思う。しかも季節は冬。
 いっそのこと、人間も熊や蛙のように冬眠できればいいのに。
 そんなわけで最近は、どこにも出かけず家で飲んで10時くらいには寝てしまうのだけれど、夜中の2時や3時に目が覚める。水やジュースを飲んで時間を潰し、もう一度床に入るが1〜2時間は眠れない。気づくとウトウトして、寝汗をかいている。この寝汗が安眠の糸口であって、やっと寝付けるのである。

 そうやって寝ていると、砂の家に住む夢を見る。公園の一角の砂地を掘って、そこに住む夢である。砂の階段があり、そこを降りると居住空間がある。奥にはふすまで仕切られた三つの和室があり、なぜか石田純一と浅野温子が濡れ場を展開している。さらに奥に進むと、砂でできた蕎麦屋がある。蕎麦屋の戸を開けると、そこは上野広小路である。とすれば、この砂の家があるのは上野恩賜公園ということになる。
 砂でできた蕎麦屋だから「砂場」だねえ、などというシャレも虚しく、この家は公園を管理する官吏によって壊されてしまうのだが、なかなか楽しい夢ではあった。

 眠れずに床の中で丸まっていて「ああ、そうか、俺は未だに中学生なのだ」とか思う。中学生の頃の自分勝手さ、無邪気さと屈折を、ほとんど変わらない形で今も持っているように思う。
 中学生の頃の友人に田島という男がいて、彼は筒井康隆に傾倒する文学少年だったが、いつもなにかカチンとくる物言いをする男でもあった。僕は彼に楳図かずおの「わたしは慎吾」を貸してもらって読んでいたのだが、ある日突然「お前みたいな人間に、この漫画が分かるはずはない」と言って、とうとう最後の一巻は貸してくれなかった。そんな事を思い出すのであった。

 とか言っていると、朝、馴染みのキャバ嬢からメールが入る。今月いっぱいで退店との由。飲みに行く女の子がいなくなるのはかなり寂しいが、しかし無駄遣いの機会が減るといえばそういう事でもある。もう既にその子を口説くことに関しては諦めているので、そうなってくるとキャバクラ通いというのはかなり純粋な「無駄遣い」である。

 以下、上記以上に取り留めのない話。

 カバコシルバという名前は覚えにくい。アフマディネジャドより覚えにくい。カバコシルバ、カバコシルバ、とつぶやいていると、ハナトコバコという名前が思い出される。ハナトコバコとアイノコバトが紛らわしい。

 実川延若の「研辰の討たれ」を見る。というか何度も見てるんだけど。当代の勘三郎版(野田秀樹版)が有名だけれど、やはり素晴らしいのは延若版。延若って基本的には悪役専門役者みたいな所があるんだけど、それゆえの屈折した感じ、ずるがしこいが気は弱い所が滲み出ていてすごく良い。

 職場ではLAMYのサファリを使ってるんだけど、1年くらい使ってるとペン先がダメになるっぽい。一本だいたい2000円前後だから、1年で書き潰してしまうと1ヶ月200円くらいの負担になる。そう考えると高い買い物だよなあ。
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