2006年10月04日

10/2-3日記(自宅湯治)

Pop is dead.
Pop is dead.■10/2
・「イン・ザ・プール」見始めるが、演技・演出が鼻について途中で止める。
・まだ返却期日は先なので、できればもう一度見てみる。
・しかし岩松了は面白いなあ。

・鶏胸肉を油で蒸し焼きにして、トマトソースで食べる。いまいち。

・夏場はずっとシャワーばかりだったので、風呂桶を洗い、久しぶりに風呂に入る。
・風呂あがり、陰毛を見ると実につややかなので一、二本抜いてみてしげしげと眺める。実に黒くなめらかで、そして太い。
・原始人の体毛はこのような毛だったのかな、などと思う。

・松鶴師匠、昭和48年のライブ録音「蛸芝居」聴くが、良くない。
・深夜、三遊亭圓生「双蝶々」聴く。この噺の、芝居仕立ての部分、ここがとても好き。圓生師匠が話し出すと、そこに歌舞伎のセットがダァーッと現れる。落語というのは何でも描けるのだなあ、と感心する。

・就寝。ただし起きている感覚があり、しかし夢のような映像を見るという不思議な感覚。眠りが極端に浅いのかもしれない。
・夜中に突然、「眠るというのは、死ぬことの予行演習で、ある種の儀式だ」ということを思う。これも、起きあがって考えたわけではなく、寝ているとも起きているともつかない時間に思ったこと。

■10/3
・よく眠れなかった所為か、朝から体調が悪い。ぐったりとした感じ。

・嫁と買い物に。
・携帯電話を見る。しかしDOCOMOの携帯はひどいね。携帯電話なんていう物はどんなデザインにもできる物だと思うが、なぜああもつまらない物ばかりなのだろうか。どこの会社もそうだが、DOCOMOが一番ひどいと感じた。
・秋葉原の免税店なんかに行くと、中国の携帯なんか売ってるわけですよ。あれ見ると愕然とする。中国の携帯ってものすごくかわいくて斬新なデザインなわけです。
・対して日本はダメですね。かわいい物を出しても売れないというのもあるんだろうなあ。デザイン重視で流行ったのって「INFO BAR」くらいでしょう、あの、いかにも「デザインを意識しました!」的な田舎臭い携帯。
・どうせなら、昔の「黒電話」みたいに、もう全部同じ無骨なデザインにしちゃった方が、ある意味かっこいいと思ったり。

・うどんやラーメンを食べるのにちょうど良いボウルがなかったので、少し大きめの物を買う。同じく大きめのプレートも。締めて3000円程度。
・近頃はシンプルでそれなりに良いデザインの食器が廉価で買えるが、それでも意にかなうものは、なかなか無い。
・細かな絵柄の有無、色の濃淡、微妙な大きさの違い、「つや」の有無、ふくらみの加減、こういう部分で「惜しいなあ」と思うものはあるが、「これだ」という物が少ない。もちろん、金を出せばあるのだろうけど。

・買い物の後うどんを食べたらお腹が痛くなったので早々に帰る。
・子供の頃、お腹が痛いと病院に行くと「シクシク痛いの?キリキリ痛いの?」と訊かれた物だが、僕はいまだにその違いが分からない。シクシクもキリキリもない。痛いものは痛いのだ。

・どうも手足が痛いような気がするので、自宅で湯治。お供は恒例「ツムラ日本の名湯」。
・風呂に二度入り、「水曜どうでしょう」見ながら酒。
・温泉行きたいなあ。浴衣を着てスリッパや下駄を履いて風呂に行く。あの「部屋から風呂まで、廊下を歩く時間」、あれが温泉の醍醐味だ。

・先日来のトマトソースに鶏肉を投入し、なんとなくアジアのカレーっぽくしようとキムチ・醤油を投入。ガラムマサラ、クミン、豆板醤、そして魚の味も欲しいと「いりこだしのもと」も入れてみる。かなり無茶な物を入れてるわけだけど、味は驚くほど凡庸。

・夜、サンボマスター初期のギターを聴き、堪能。
・聴きながら思う。人間の耳に聞こえない音を再生する意味があるのか、と言われるが、それは「ある音とある音を分断するために必要な音」なのではないか。

放課後の性春 - サンボマスター他
放課後の性春
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