2006年10月18日

10/17日記(煮豚・鰻の幇間・検索ノイズ)

Pop is dead.
Pop is dead.・今日も煮豚を作る。
・レシピはこの記事とほぼ同じ。違うのは、葱の葉を入れたこととめんつゆを使ったこと。あと、豚を小さく切らず、かたまりのまま煮たこと(ただし、最初に茹でてからいったん豚を上げ、冷ますのは同様)
・夜、ラーメン。具材は、その煮豚と葱とを炒めた物。映画「タンポポ」で言う所の「ねぎそば」。

・届いた本。吉本隆明「カール・マルクス」、エリザベス・ジャミソン・ホッジズ「セレンディップの三人の王子」など。

・古今亭志ん朝「鰻の幇間」聴く。出来があまり良くない。
・ちくま文庫「志ん朝の落語」にも同高座が収められている。その解説によると、この噺には前段があり、志ん朝は前段を飛ばしたとのこと。
・しかし、私は前段を含めてやった高座を聴いている。おそらく80年代半ばか後半の、ラジオ向きの録音だったと思う。
・CD化された物よりも、あっちの方が出来としては良かったはずで、それが出ないのは非常に残念だと思う。

・先日来「鈴木敏文 考える原則」という本を拾い読みしているが、なかなか面白い。かなり当たり前のことを何度も繰り返し言っているのだけれど、それほどまでに企業というのは硬直しやすいのだろうと思う。
・いかにもビジネス文庫っぽいデザインが気に入らないが。

・先週、職場の同僚とmixiやブログの話。「ブログは、検索ノイズを生むから嫌い」と。
・ああ、と思った。これは、3年前の僕がまさに思っていたことだ。
・しかし最近僕は、ブログ記事を検索ノイズだと思っていない。
・しかし、ブログをやっていない人からすると、ブログ記事はノイズなのだ。
・ではなぜ、僕は「ブログ記事を検索ノイズだと思っていない」のか。
・それは、そういう状況が「見えていない」のだ。もっと言えば「見たくないから見ていない」ということだ。
・「検索ノイズとしてのブログという存在」を認めたくないという潜在的な気持ちが、事実を見えなくしているのではないか。

志ん朝復活「酢豆腐」「鰻の幣間」
志ん朝復活-色は匂へと散りぬるを は「酢豆腐」「鰻の幣間」
posted by LSTY | Comment(2) | TrackBack(1) | 日記 | このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
>吉本隆明「カール・マルクス」
途中まで読んで、挫折中です(・∀・;)
志ん朝はDVD待ちしているんですが、
出ないのでしょうか?
>ブログは、検索ノイズを生むから嫌い
えー、私は、むしろ情報がほしい時は
ブログ検索しますよー。
本音が書いてあるのは、ブログでしょう。
たとえば、何か購入する時、ノーマルな検索では
「この商品はいい!」という情報しか拾ってこないけど
ブログは「この商品はここがダメ」っていう情報が拾えるじゃない?
Posted by LIN at 2006年10月18日 10:11
■LINさん
>志ん朝はDVD待ちしているんですが、

 出ても良いと思うんですけどね。ただ僕個人の感覚ではDVDの落語って見ないんだよなあ、めんどくさくて。米朝師匠のDVDを数枚持ってるんですが、めったに見ない。「ながら聴き」ができないっていうのも大きいです。

>ブログ検索しますよー。

 検索したい内容によりますけどね。ただブログに書いてある情報って又聞きみたいなのが大半で原典が何か全く分からないので、非常にストレスになります。「教えて!goo」なんかでもそうですけど、何も確証がないのに断定してる物が多いし。

>本音が書いてあるのは、ブログでしょう。

 これも微妙なんですよ。購買者の心理として「自分の判断は正しかった」と思いたい、というのが作用するらしくて、購買した物については評価が甘くなるらしいんですよ。僕の場合は逆だけど。だから、ちょっと当てにならないかも知れない。だいたい「面白かったー☆」とかだけの感想とかね、そういうのが多すぎるし。
Posted by LSTY at 2006年10月18日 11:58
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