2007年07月03日

7/2日記(サイゼリヤと父)

Pop is dead.
Pop is dead.・Eddie Gale「Black Rhythm Happening」アメリカから届く。ジャケも曲も怪しくて面白い。

・仕事終わり、嫁・同僚と食事へ。
・途中、ビデオ店で「パプリカ」借りる。

・食事はサイゼリヤに。

・思えば私がサイゼリヤに初めて行ったのは、父とだったのではないか。何故そんなことを覚えているのかというと、父親と二人で食事をした記憶というのがほとんど無いからだ。あの時は何故母親がいなかったのか覚えていないが、とにかく父親と外食に出た。
・調べたらまだあった。サイゼリヤ シャポー本八幡店。GoogleMap

・こういう書き方をすると不快に思う人も多々いるだろうが、当時の私にとって「父親が自身で食事を世話する」というのは、なにか「寂しい」事だった。
・家族で食事に行って父親が支払をする、というのとは違う。父親が食事に連れて行ってくれる、ということに、父親が料理を作ってくれる、というのに近い「わびしさ」を感じた。
・心なしか、店の照明も薄暗かったような記憶が残っている。

・父親が厨房に入る、父親が「生活」に関わることは寂しい、わびしい。こういう感覚というのは多分、今の世の中では特殊だろうし非難されたりもするのだろう。しかし当時の私の感覚はそういうものだった。
・考えてみると私の父親は当時から考えても「前時代的」だったように思う。買い物に行っても荷物は一切持たなかったし。基本的にいつもあまり機嫌が良くなく、小さい頃の私が何か手作りのプレゼントをあげても、一度も嬉しそうな顔をしない、そういう父親だった。

・しかし不思議なのは、会社を定年退職してからは料理や洗濯もするし、一人で買い物にも行く。つまりあれは「亭主とはこういう物だ」と考えて、半ば無理に演じていたのだろう。
・そういうことをいろいろに考えてみると、やはり父親というのは偉大だったりするのだなあ、とか思う。

・しかしサイゼリヤというのは実に低価格だ。驚くほど。
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