
年末と年始で何が変わるというわけではないが、しかし、今から考えると年末の何か緊張した感じが馬鹿馬鹿しい。
儀式というのはそういう物かと思う。
■12/29
・正月に向けての買い出し。
・駆け込みで年賀状を描く。
・ここ数年不義理を続けてきて、せいぜい10通ほど、手書きの年賀状を送る程度だった。昨年は墨で「五段目の猪」を描いた。
・2008年は子年であるので、すこし洒落を入れて、今回はプリントゴッコで年賀状を作る。
・ここ数年パソコンで年賀状の意匠を作る人が増えているけれど、僕にはどうにもわからない。僕の中ではPCは「年賀状を描くための道具」ではない。
・まあ、ここら辺は個々人の考えですが。私は今回プリントゴッコで意匠を刷り、宛名は手書きしました。
・宛名も書きたくないのなら、年賀状なんて送らない方がましだ、と個人的には思う。
・しかし近年、プリントゴッコというのは甚だ時代遅れらしく、近所の店に関連の品揃えがない。
・しかも版作りに失敗したりして、車で遠方の店まで二往復。
・なかなか散々な目にあった。
・おせち料理を作り始める。
・というか下準備。黒豆を水に浸ける、椎茸を水に浸ける。
■12/30
・本日よりおせち本格準備。
・辰巳芳子が言ったとおりに黒豆を煮る。
・と、豆の色が落ちて赤豆になった。
・「芳子に騙された!」と一人で叫びながらも、まあこんなもんでしょう。
・次は煮〆。
・椎茸を煮、鶏肉を煮、ごぼうを煮、こんにゃくを煮る。
・ここで休憩。
・出汁を取り、京芋を煮、蓮根を煮る。
・午前中から始め、ここまでで夕刻。
・一日仕事で、非常に、まこと非常に疲れたが、しかし不可能な仕事ではない。
・日常民間企業の仕事をこなす男、および日常家事をこなす女であれば、問題なく処理できる仕事。
・京芋煮すぎた。それが失敗。
・夜、黒豆の仕上げ、数の子を水に浸けて寝る。
■12/31
・大掃除、というほどでもないが掃除。引っ越し以来溜まっていた諸々を整理。
・昼から今年最後の買い出し。
・鰤、雑煮用の鶏肉、河豚。
・鰤と言えば落語「三井の大黒」で左甚五郎がしきりに欲しがった魚。
・あれ以来僕は、関西人にとって鰤は特別な魚なのだな、と認識した。
・思えば祖母の家に行くとおせちには必ず鰤が入っていたものだ。
・数の子の薄皮むきと仕上げ、煮〆のアンカー、人参を煮る。
・田作りも完成。今回最も難しかったのは田作り。
・今年最後の晩餐は河豚鍋。一尾丸ごと買ってきた河豚をぶつ切りにして。
・私が今まで食べた河豚鍋の中で最も贅沢なもの。
・酒はヴーヴ・クリコ。僕の中ではこういうのが大晦日の正統。
・食後、紅白など見ながらおせちを重に詰める。
・煮すぎたと思った京芋は、冷やしてみると悪くはない。
・紅白は2時間ほど見てダウンタウンへ。
・深夜前、嫁が準備していたにしん蕎麦。
・うーん、これはなかなか大晦日という感じです。
・深夜前はりきって「ゆく年くる年」にチャンネルを合わせるが、ことしは最低。今年の担当者は自決しろ。
・私は毎年この番組を楽しみにしている。こんなに「しみじみ」できる番組は他にないから。それが今年は台無しだ。
・チャンネルは即刻ダウンタウンに戻る。
・12時をすぎて風呂。この時間に風呂につかりながら終わりに近い除夜の鐘を聴く、というのが至福。
・と思いきや除夜の鐘が聞こえない。まあ、こういう年もある。
ゆく年くる年はそんなに酷いものでしたっけ。確かに平等院鳳凰堂ばかり映していて、地方のあの暗闇の中で行われる祭事を観る事は出来ませんでしたが。
しかし僕の場合、実家に戻ったら新品のでかいハイビジョンテレビが居間に鎮座していて、その映りの細やかさばかりが気になっていました。
年明ける前から仲見世なんか映しちゃいけません。北陸とか東北の辺鄙な場所にある寺に、ショリショリと雪を踏みながらお参りする人々を映さなきゃいけないのです。それがあの番組の価値という物でしょう。
>「この番組2時間くらいやってくれないかなー。」
あーまったくだ!