
で、今日ITmediaにこんなニュースが載っていた。
・「小学生が殺害予告」相次ぐ ネット犯罪が低年齢化 - ITmedia News
別にこういう事の裏側には「子供の変容」があるわけではない、と思う。子供というのはそんなに変わっていなくて、単純に彼らに「悪意を放出するための『場』」が与えられただけなんじゃないか、と。
で、全然違ってるかも知れないけれど、僕なりの解釈。中学生の、特に男子によるネット犯罪というのは「モテ力」や「童貞力」と密接に関わってるんじゃないか、ということ。

何が言いたいのかというと、中学生男子というのは「スポーツができればモテる」のです。上の表の1.モテ層は「ドラえもん」で言えば出来杉くん、2.準モテ層はジャイアンでしょうか。ジャイアンはモテないだろうという声もありそうですが、彼はモテキャラでしょう。中学生くらいなら、あの粗暴さも一部の女子から見れば美点の一つだと思います。
いずれにせよ、1と2に該当する層というのは小中学生時代においてはモテる。で、運動会や昼休みのドッジボールや、あるいは部活という場において、自己顕示欲を満たすことができるわけです。
今回問題にしたいのは3と4ですね。3.鬱屈層はスネ夫、4.被攻撃層はのび太でしょうか。小中学生にとって「勉強ができる」というのはモテ要素にはならないですね、5教科オール5で全くモテなかった私が言うのだから間違いありません。どういうわけだか、運動会で目立つ男子はモテるのに、勉強できてもスポーツができない男子はモテないのですね、これはそういうものだから仕方ない。
で、この表の3と4に属する男子というのは中学時代、非常に童貞力を強めてゆくわけです。だいたい、中学生高校生くらいの男子にとって「モテ」は最重要課題であります。モテ層の男子が人生初めてのデートなんかを経験するこの頃、3と4の非モテ層に属する男子達は、溢れる自己顕示欲を抑えつけられ、好きな女子のことを思っては、マクラを濡らし、パンツを汚すわけですよ。
男子にとって「他者に認められる」ということは、先生とか塾に認められるとかではなくて、クラスの人気者になる=女子にモテるということですから、どれだけ勉強ができても自己顕示欲が満たされることはないわけですね。で、この層に属する男というのはそれから何年もかけて「童貞力」を強めてゆくわけです。みうらじゅんがよく言う「童貞をこじらせる」というやつです。
童貞力っていうのは、一言で言うと「自己による自己に対する評価 > 他者からの評価」な状態だと思います。
こう書くと普通なんだけど、恋愛に関して言えば「俺がこんなに好きなのに、彼女はなんで振り向いてくれないんだ」とか「彼女を幸せにできるのは俺だけだ」とか「彼女のことを強く思えば、きっと俺のことを好きになってくれるはず」という、とんでもないことを信じてしまう力、そういうのが「童貞力」ですね。
何ともならないことを、自分の思いだけで何とかできるだろうと思い込む、根拠のない思考回路、それが「童貞力」です。
でも、実際は何ともならないんですよ、童貞力の強い人間ほどモテない。で、モテない男子ほど、どういうわけかさらに童貞特有の「思い込み」を強めるのですね、なぜか「あ、俺は間違ってたんだ」と気付くことなく、「なんで彼女は、俺の思いを理解してくれないんだ」という思いを強くする。サイコホラー級の話です。
ちなみに、上表の4つの層を童貞力の強い順に並べると、3→4→2→1だと思います。中途半端に勉強ができる男子ほど、実際の行動を恐がり、また余計なことをグジグジ考える傾向にあるのではないか。そのお蔭で童貞をこじらせまくるのが3の鬱屈層だと。
で、ネット上に物騒な書き込みをしちゃう中高生の男子っていうのは、僕はこういう層だと思うのですね。昔からこういう非モテ層っていうのは抑圧された自己顕示欲に悶え苦しんでいた。そういう欲を満たす場として、インターネットという「場」が与えられたに過ぎない。僕が中高生だった頃にwebがあったら、僕もフラれた腹いせに中傷書き込みとかなりすましとかしてそうだもの。考えるだけで恐ろしい。あの頃webがなくて良かった。
結局の所、童貞男子諸君にとってwebは救いの場たり得たのだろうか?というようなことを思います。殺人予告書き込んで補導されちゃっちゃあ話になりませんが、中傷書き込みなんかをして彼らの自己顕示欲は満たされたのだろうか?これについては、本人に訊かないとよく分からない。
さて、僕自身について言うと、11歳か12歳の頃から童貞を患い始めて20代半ばまでかけて童貞をこじらせまくったわけですが、あの頃webという「自分の中の何かを放出する場」が無かったことは幸運だと思っています。童貞を徹底的にこじらせ、自己顕示欲を抑圧されまくった人間にしかわからない人生というか、世界というのがあるのです。
それはどういう世界か?と訊かれても残念ながら言葉では説明がつかないように思います。一言で言えば「ある種の優しさ」です。それは「恥を捨てる覚悟」とも言い換えられるかも知れない。誤解を招く書き方かも知れませんが。
例えば、今あえてこのような記事を書く優しさというのは、童貞をこじらせた人間にしか無いと思うのです。だから敢えて今回僕は「童貞力」という言葉を使ったわけです。20代半ばまでにどれだけ童貞をこじらせ、童貞力を蓄えるかによって、その後の男としての価値が決まる、という側面があると僕は思っています。
僕の持論、というか自分に言い聞かせてるんですが「10代20代でモテなかった男ほど、30代でモテる」のです。若い頃から中途半端にモテた男には味がない!と思う!思いたい!
最後に、いかにして童貞を脱するかという話ですが、僕が考える「童貞を脱する」というのは単純にセックスを経験するか否かという話ではありません。上に述べたような童貞的な思い込みの間違いに気付き、自己に対してある程度妥当な評価を下せる状態になること、というのが僕にとって「脱童貞」です。
こういうのっていうのは年月と恋愛経験に任せるしかないわけで、こうすれば脱出できる!というのはないでしょうね、そういう出口のない時期だからこそ、童貞期に意味がある、とも思うのです。
ずっと考えていたことをやっと書いたぞ。気がつくと随分長文になってしまった。
また、30代からは実際3のがモテそうですよね。
実際、子供の頃は1に居た友人に15年ぶりに再開したのですが、勝手ながら、てっきりエリートになっているかと思いきや『普通』の人になっていたので仰天しました。
3に居た面々は、30代になってみると、本当に味がある奴が多いなあと感じます。
すみません、ここだけ分かりません。
不等号の向きが逆なら分かるのですが。
指摘ありがとう。修正しました。
10年後味のある男になれているのか。今から楽しみになってまいりました。
童貞期。
いえ、絶対にあります。
一応オンナですが、とてもわかりました。
このおはなし。
一人笑いの連続で読ませて頂きました。
どうもありがとうございます。
これはボクも全く同じ気持ちです。
グループ3.8あたりに所属するパダワン童貞だったもので。今思えば30過ぎて始めたwebでも最初は覚えたてのサル状態で恥ずかしい書き込みやらHPやら晒してました。
ボクもかなり童貞こじらせましたけど、結構人のブログとか読んでるとその人の童貞キャリアの長短が想像つくようになりました。LSTYさんはそういうのありません?
ですが表の横軸「勉強ができる・できない」は
少し違和感がありました。
と言うのも、「勉強ができる」と言う理由で
モテル人を見たことがないからです。
「コミュニケーション能力が高い・低い」とか、
「おもしろい・おもしろくない(関西限定?)」
とかの方が何となくすっきりします、
私的にですが…。
10代でグジグジ悩んだ経験のない男というものを、私は信用しません。やっぱり人に言えない恥部がないと滲み出るような味わいがないのではないかと。
いかにして童貞を脱するかというのが課題なんですけどね。なんとなく思うのが「恋愛っていうのは自分のためにするものだ」という風に割り切れるかどうかだと思うんですよ。
童貞的な恋愛っていうのは「こんなに思ってるんだ」という、愛情の押しつけなんですけど、そういう呪縛から解放されると自由になれるし「恋愛は自分のため」と思うことによって逆に、女性の気持ちを考えたり、優しくできる部分が増えますね。
10代に限って言えば、男と比べて女性の方がずいぶん複雑なんじゃあないかと思います。
ただ、他者による評価と、自己による評価の不一致というのは、いわゆる「ロリータ」も同じなのではないかと思いますね。
>結構人のブログとか読んでるとその人の童貞キャリアの長短が想像つくようになりました。
うーん、分かるような気もするんですが、検証したことがないので、よく分からないですね。
あと、10代を過ごした土地が都市部か地方かでも、かなり違うのかもなあ、と今思いました。
いや、ここは譲れないんですよ、コミュニケーション能力というような曖昧な評価基準を持ってきてしまうと、この表の意味が無くなってしまう。
あと、面白い面白くないで言うと、近畿圏では基本的にそれだけでもてます。
勉強ができるからモテるかどうかっていうのは、ブックマークコメントでもあったんですけど、僕の考えとしては勉強ができるというのはつまり観察力・情報処理能力・論理的分析力・表現力といった能力が高い物と考えるからですね。
童貞を脱してまともな判断能力を身につけると、もう後の恋愛というのはある程度技巧的に進められるのですよ。そういう意味で「勉強ができる」という指標を使いました。
参考:30代男子のためのモテク
http://lsty.seesaa.net/article/71444064.html
お返事どうもありがとうございます。
女の方が複雑かどうかは、わかりませんが、男も色々大変だという事が今回わかりました。
ところでロリータの話の意味がよくわかりませんでした。
なるほど、納得です。
むしろ、私はそういった意味で「コミュニケーション能力」という言葉を使っていました。
ご指摘のとおり確かに曖昧ですよね。
男にとって、主体になることより、対象になることがいかに大切かってありますよね。
主体的であることも大事ですけど。
>ロリータの話の意味がよくわかりませんでした。
これは僕の勝手な考えなんですが、昔、鈴木杏の写真集を見ていてロリータというのは現実と自意識のギャップが強い時期なんだろうな、と思ったのです。
■numberarmythebootsさま
大事なのはコミュニケーション能力だ!と言ってしまうと、童貞諸兄にとってはあまりに救いがないような気もするのですよ。