2008年05月07日

5月連休日記(井上ひさし「作文教室」・モノクロ映画)

Pop is dead.
Pop is dead.・短い休みだが、一応連休。
・嫁と実家へ。日帰りの旅、旅というか、実家に言って昼夜と食事して帰るだけなのだが。

・阪神梅田駅から電車が出る時の発車ブザーは、いつ聴いても「坂本龍一的」な和音。B2-UNITの頃の教授が頻用していた特徴的なハーモニー。
・実家に帰っても何をするでもなく、ただ昼食から夕食までの時間をつなぐだけである。要は時間を潰さねばならぬ。というわけで実家近くの書店で井上ひさしの「作文教室」を買う。
・この本は井上ひさしによる講演を書籍化した物。書いてあることと言えば
・自分にしか書けないことを書け
・誰にでも分かる様に書け
・辞書を引け
・省略できる言葉は省略しろ
・文章を細分化して一文を短くしろ
・分かりやすく読点を打て
・良い感じで改行しろ
・観念的ではなく、具体的に書け
・だいたいこういったこと。
・ちょっと当たり前すぎて面白くない。しかしまあそれなりに役に立つ本かも知れない。ただ、例えばブロガー向きではない。多くのブロガーというのは「曲がりなりにも文章が書ける人」だから。
・この本は「超初心者向き」だ。文章を書く習慣が無い人、他人が読むことを前提に文章を書く機会が無かった人、そういう人向けの本。

・しかしブロガーの中にもいるのですね「文章の不自由な人」というのが。何を書いているのかさっぱり分からない人というのがたまにいる。
・敢えて名前は挙げませんが、当人は「うまいこと言ってるつもり」なんだけど文章が意味不明だったり、難しいことを長文で書くのが好きなんだけど何書いてるのか全く伝わってないとか、そういう人、いますね。
・個人的な印象だと「自称毒舌家」とか、ブログタイトルが「〜を鋭く斬る!」とか、なんかそういうブログに多い様な気がする。そういえば以前「最近の若者の日本語は乱れている!」と、そりゃまあひどい日本語でつづっているお爺さんのブログを見たことがある。あの文章の分かりにくかったこと。

・あなたの文章は分かりにくい、と指摘されたことのあるブロガーなら、この本を読んでみるのも良いんじゃないでしょうか。

・中で面白かったのは改行の仕方(段落の分け方)に関する話で、井上ひさしは、ここについては教えることを放棄している。たくさん本を読んで、好きな改行をする作家を見付けてそれを真似しろ、とのこと。
・改行というのは難しいものですね。私の場合、ブログの文章で最も修正を加えるのが改行です。一旦アップしてから何度も手を加えることがある。
・先日書いた旧約聖書外伝:シバの女王という文章でも段落分けは随分直しました。僕の場合、改行と一行開けをわりとよく使う。普段書いている日記についてはあまり意識していないけれど、こういう「人に読んでもらうための文章」の場合は結構気を遣う。どう気を遣うのかというと「読む気をなくさせない段落の分け方にしよう」と考えるわけです。

・僕の中では、400文字くらいの文字のかたまりって抵抗があるのです。例えば先日書いた幕末風 京都散策の文章なんて改行はしているものの500文字以上がぐちゃっと固まっているので、我ながら読む気を無くす。
・ここに2箇所か3箇所、一行開けを入れると読みやすくなりますね。読みやすくなるというか「読み始める気になる」というか。ダラダラ長い文章というのは読者を「その気」にさせないものだと思います。

・中には長い文章が好きな人もいるんでしょうがね。更に言えばダラダラ長くて分かりにくい文章が好きな人もいる様に思いますね。まあそういう人は読解に苦しむのが好きな「長文マゾ」か、難解だからありがたいと思っている「アカデミック馬鹿」だと思いますので、あたしゃ知りません。

・話は戻りますが、改行に限らず、文章を書くためにはやっぱり手本があった方が良い。「手本がなけりゃ文章は書けない」というわけでもないのですが、しかしあった方が手っ取り早いです。昔「ブログ文章術」を学ぶための5+1冊という文章を書いたんですが、やはりブログを書くには随筆家の文章を参考にするのが近道。
・僕の文体は多分、伊丹十三と東海林さだおに相当影響を受けている。

・翌日、数日ぶりにプールへ。すいていたので1キロ泳いで帰る。
・嫁より、ベランダに蛙出現との報告。

・買ったまま未開封だった新藤兼人「鬼婆」見る。可もなく不可も無し。同日、嫁は黒澤の「隠し砦の三悪人」を見ていた。僕は勝手に黒澤明と新藤兼人を「陽と陰」だと思っていて、どちらかというと新藤兼人に肩入れしたい。しかし全体的に作品の面白さを評価すると、これはもう断然、黒澤に軍配が上がる。
・今の若い人のイメージで言うと黒澤ってアカデミックな感じだろうと思う。「勉強の対象」という。違うんだよね、黒澤映画というのは娯楽作品ですよ。なんで「世界のクロサワ」なんて言われるのかといえば、それは「芸術性が高いから」じゃなくて「娯楽性が高いから」でしょう。
・そう考える僕にとって「羅生門」なんかは文学的すぎてあんまり重要じゃない。冒頭の雨のシーンは最高だけど。

・しかしモノクロ映画っていうのは、たしかに見にくいですね。例えば今の30代なら「生まれてから一度もモノクロ映画なんて見たことがない」という人、多いと思います。そういう人にとって、昔の黒澤映画を見るというのは大変だし、どうしても「勉強する」って感覚になってしまうのかも知れない。
・私の場合、小学生の頃から親に連れられて「二十四の瞳」やら「喜びも悲しみも幾年月」なんかを見てたわけですよ。これ、ほぼ苦痛でしたが今となってはありがたい話ですね。やはり文化というのは親から子へと受け継がれてゆくわけです。
・映画で言えば、黒澤やチャプリン、キートン、そして小津安二郎なんかは親の影響ですね。成人してから「カリガリ博士」やフリッツ・ラング、あるいはマルクス兄弟に出会えたのも、親から受け継いだ「素地」があったから。そう考えると親が子に教える事というのは重要です。

・その他見た映画。
・新藤兼人「墨東綺譚」、何度見ても良い。津川雅彦の演技、特に老いてからの荷風、秀逸。
・石井輝男「ねじ式」途中まで。幻想シーンの描写は評価できるが、つげ義春自身を描いた映画としては竹中直人「無能の人」に及ばず。
※「墨東綺譚」のボクは、正しくはさんずいに墨。

井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室
井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室 (新潮文庫)

■訂正:ブックマークコメントで指摘を頂きましたが「喜びも悲しみも幾年月」はカラー映画のようです。完全にモノクロだと思ってました。
posted by LSTY | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このエントリーを含むはてなブックマークこのエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
こんにちは。

文章の良し悪しについては何も言えませんが、「自称毒舌家」は嫌ですね。毒舌であることを言い訳にしているような感じで……。
毒舌かどうか判断するのは君じゃないよ、と言いたくなってしまいます。

Posted by hanzo22 at 2008年05月08日 00:38
■hanzo22さま
 幸いにして実生活ではそういう人と遭遇したことがないのですが、イライラするでしょうね。
Posted by LSTY at 2008年05月14日 16:29
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