2020年05月29日

LOVE

Pop is dead.
ものすごく元気です。愛すべき人がたくさん住んでいる、ここに来たので。

無知かつ不見識かつ現状肯定しかできない人々から離れて、本当に良かった。

5年くらい前に気付くべきだったかな。
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2020年05月23日

転居前後雑記

Pop is dead.
・私は「日本一忙しい無職の鬱病患者」なのではないかと思う。
・まあ鬱の方に関しては、投薬は続けているものの、その根本的原因である「田舎暮らしの苦痛」と「業務負荷」から解放され、さらに発病の直接のきっかけであった人間関係についても修復されたので、正直「もう何もストレスがない」状態な訳です。あるとすればお金のことかな。9月まで失業手当が出ないので、それまでは預貯金を切り崩してゆく事になる。

・で、まあ何が忙しいってまず転居後の荷解き。7割くらいは進んだが、ここからが長いんだよなあ。
・今回気付いたのは「エロもの」とか「サブカルもの」以外に「自分もの」が結構多いということ。なにしろ自分大好きなので、昔のノートや手帳、写真、奥さんと行った美術館や劇場の半券など「自分の歴史」に関するものが結構ある。
・友人、後輩からもらった手紙や葉書など、思わぬものが見つかる。あ、やっぱり俺、人望あったんだな、とホッとする。

・さて、転居前後の話

・荷造りは引越業者に頼み、廃棄物についても事前に手配しておいたので、左程の事はなかった。
・ただ、別件でかなり忙しかった。友人が難病にかかったことが分かり、当人がそれに大きなショックを受けて何もできない、というわけで病院等々に連絡しまくり。転居後すぐに彼を病院に連れてゆくためのダンドリを組む。
・プラス、当然、自分が退職し転居する役所手続き。精神科や内科への通院および転居先病院への紹介状依頼などなどなどなどな。ドナドナ。とにかくやること満載であった。

・転居日、かつての後輩(現在は既に退職)が訪問してくれてちょっとした感動
・同日、母より「名残惜しくない?」とメール。名残?んなもな1ミクロンもねえよ。クソ田舎から「脱出」できて、こんなに幸せな事はない。
・田舎暮らしに向いた人、向かない人、というのがあると思う。私はズッポシ「後者」だった。なんで20年も我慢できたのか。

・転出日は東京のホテルに滞在(母のおごり。ありがたい)ただ、シャンパーニュをルウムサーヴィスでお願いしたので、まあ宿泊費に近い額を支出。こういうの、奥さんが心配している、私の「贅沢病」だろうな。

・翌日荷受け。とにかくガンガン荷物を新居に突っ込む。うーーーむ、これこの部屋に収まるのか?

・快楽亭ブラック師匠のお弟子さん、ブラ坊さんのスケジュールを3日買いきって手伝ってもらう。

・六畳間の壁一面に本棚を設置し、さらにいくつかの書棚に本を詰め込んだが、まだ段ボール一杯分の本が収まらず。これはなんともならないので、本棚を追加発注

・そんなことをしながらも、楽しみがなければやってゆけないので、近所に住んでいることが判明した知人にケータリングをお願いする。久しぶりにまともな食事を摂った。

・最寄りのスーパーが「OK」びびった。カツ丼が198円だよ?鯖塩焼き弁当が398円だったか、しっかりうまくて量も過剰なほど多い。
・二人前のピザ、もといピッツァが500円そこら。ちゃんとうまい。
・東京は物価が高い?どこの馬鹿がそんなことを言ったのか。

・眠くなってきたので本日はここまで。
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2020年04月18日

日本の異常な政情 または私は如何にして心配するのを止めて「れいわ新選組」を受容するようになったか

Pop is dead.
 私は1974年生まれです。全共闘が終わってから5年後の生まれですが、物心つく頃には「政治運動」みたいなニュースはほとんどなかったように思います。

 学校に上がって文字が読めるようになった時、新聞に掲載されている政治に関する記事の内容は全く理解できませんでした。何を書いているのか、理解不能だったのです。

 もしかしたらそれらの記事は、50に近くなった今読んでも、理解しがたいかもしれません。
 当時、政治というのはそういうものだったのです。つまり、そういった新聞記事を読解できるインテリジェントな人たちが関わるものであり、一般庶民は政治に関わらないで良い、という状況でした。
 何も考えずに自由民主党に入れておけば良かったのです。

 何故か。自由民主党の中で、パワーバランスが取れていたからです。極右の議員もいたかもしれませんが「中道右派」や「中道左派」の議員もちゃんと居て、党内での牽制等によって均衡が保たれていたのだと思います。

 そういったわけで大学生時代でも友人と政治に関する話などしたことがありません。我々の世代では「政治について語ること=ダサいこと」だという暗黙の了解があるように思います。
 で、未だにそういった価値観を引きずって「格好つけている=政治に疑問を持っても、敢えて一切触れない」人も、一定数います。厄介なのは、インテリ層(エンハンサーになるような層)に、そのような人間が多いことです。

 そういった「庶民は政治について考えなくてよい」という環境が変わったのはいつからでしょうか?
 2005年の衆院選、通称「郵政選挙」です。小泉純一郎が「公務員を削減することで財政再建につながる」という嘘っぱちで、国民を騙して圧勝した、あの選挙です(実際には郵便局員の人件費には税金など使われていなかったのです)
 ここで大きく変わったことは二つ。

 一つ目は旧来からかも知れませんが「為政者が明らかな嘘をついても、真実だと強弁すれば民衆はそれを信じるようになった」
 二つ目は「馬鹿が政治に興味を持ち出した」つまりポピュラリズムの本格的な台頭です。

 当時の私は30を超えた「いい大人」だったのにも関わらず、自民党に投票しました。それについては、今でも悔やみ、反省しています。

 そういった反省をもとにして自分なりの選挙の作法を身につけたのは30代半ばだと思います。15年くらい、確固たる信念を持たずに選挙に臨んでいたわけです。

 18歳の子供に選挙権を与えても、彼らは棄権するか、あるいは間違った投票行動に走る可能性が非常に高い。大学まで含めれば5年間「親の扶養下で特段不自由していない子供」が、政治について正しい判断できるわけないじゃないですか。

 でまあ、今は日本の政権は完全に腐敗しきっています。虚言・偽証・隠蔽にまみれた内閣と省庁
 民主党政権は、確かにダメだった。しかし私は個人的に、民主党が犯した最も大きな失敗は「過剰な官僚叩き」にあったと思います。それに反感を持った高級官僚たちが、本来行うべき「前政権からの申し送り事項(米国との密約等)」を各閣僚に伝えなかった。つまりサボタージュしたと思われる事項がいくつもあります。それによって国内外で問題が生じまくった。

 そして「安倍内閣待望論」が出てきたわけですが、そこまでは分かります。民主党が政権を追われたところまでは「そういうものだろう」と思います。

 ところで、自民党は民主党政権から色々なことを学んだと思いますが、その最重要事項の一つが「官僚を敵に回すとまずい」ということで、逆に言えば「官僚を自由に操れれば自分たちのやりたい放題だ」という話です。
 おそらくその「学び」の中から生まれたのが「内閣人事局」であり、同局設立に関する法案は安倍政権誕生から半年もたたないうちに可決されています。

 これにより官僚たちは、人事権を政権中枢に握られ、首根っこを掴まれてしまいました。まあ自業自得でしょう、民主党政権時に「官僚の怖さ」を見せつけなければ、こんな事にはならなかったと思います。
 その結果として、本来役人としては絶対にしてはならない偽証や隠蔽、公文書の改竄や破棄(実際は破棄しておらず隠蔽、つまり偽証)などが平然と行われるようになり、末端の役人は自殺に追い込まれ、その他多くの役人が、自身の良心に背いた仕事を強いられるような「国家の崩壊」が今、まさに起きています。

 しかし国民の40%近くは未だに現政権を支持しているのです(※)

 現政権は正に「為政者が明らかな嘘をついても、真実だと強弁すれば民衆はそれを信じるようになるor忘却する」という、国民を馬鹿にしきった考え方に立脚しています。現宰相は「歩くフェイクニュース」といったところでしょうか。
 国民を馬鹿にしきった為政者を支持し、その政党に票を投じることは、自身が愚民であると認める行為です。それで本当に良いんですか?

 あー、さらにもう一段上の愚民がいた。「どこに投票すれば良いのか分からない」から選挙を棄権するという人々です。
 どこに投票すべきかについて、私が思い至った答えは ココ に書いてあるので参考にしてください。まさに愚民だった私自身の経験から紡ぎ出した答えです。

 で、僕は次の国政選挙「れいわ新選組」に入れると思います。

 山本太郎という人物には偏見があったのですが、街頭演説の動画などを見ると、反対派の意見にも真摯に耳を傾け、答えています。相手がどんな失礼な態度でも、また泥酔した親父や電波系の人でも、出来る限り議論に持ち込めるよう、必死で誘導しています。その我慢強さと真摯さには胸を打たれます。
 特に大分における街頭演説の1時間52分以降のやり取りと、2時間6分以降の彼の魂の叫びと慟哭、彼は本気なのだと感じました。
 人間性だけではなく、データその他のファクトもしっかり押さえ、効果的にプレゼンテーションを進める能力も備えています。

 さらに自由民主党にとって、今、議席を増やされてイヤな政党は、恐らく「れいわ新選組」だろうと思います。
 だから僕は、恐らく次回選挙では「れいわ」に入れる。まだ先の話なので、断言はできませんが。

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 ※注)蛇足かも知れませんが、自民党支持基盤の一つである某会議は、本気で「国家神道と明治憲法を復活させる」という「夢」が実現するとでも思っているのでしょうか?
 アメリカが許すわけないだろう、馬鹿々々しい、と感じます。日本がアメリカの実質的な「属国」であるというのは、好ましい・好ましくないに関わらず「事実」です。そして、そのお蔭で日本は平和であり、かつ自衛のための最低限の軍隊しか持たない=軍事予算の抑制もできているわけです(米軍駐留にかかる予算は別にかかるわけですが)

 あるいは、いざ独裁政権が確固たるものになったら「某会議のメンバーだから厚遇される」とでも思っているのでしょうか?笑止としか言いようがありません。
 あなたたちの内、大企業の経営者や富裕層に属さない会員は「独裁政権の確立」と同時に、不要になります。あなたたちは現在、民主主義という「数のゲーム」のために利用されているだけです。
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2020年03月21日

自分が生きる意味とその使命について、今まで考えたことなかった。

Pop is dead.
 ずいぶん昔に「死にたい」と思うことがあって、それ以来(いや、その前からだけど)「人間が生きる意味」なんてないように思ってきた。
 生まれて、それこそ「死ぬまでの暇潰し」をして死ぬだけだと。その間に「種の保存・維持」のために出産や育児・教育があるとしても「人生の意味」というものを、僕自身は認めていなかった。

 だから「自分が生きる意味・使命」みたいな事については考えなかったし、そういう事に関して軽々に語る人たちを信用していなかった。というかむしろ軽蔑していた。

 ただそういう醒めた考えをしながら例外はあった。公にはしていないけれど、僕には16年間に渡って書き続けているブログがある(このブログの事だよ!)
 毎月のアクセス数が40,000PV内外、ユニークユーザ数が2,000人程度なので、大したものではない。大したものではないが、読んでくれている人が居る。

 そういう中で「Webを検索しても出てこない情報」を、ブログなり静的な場所(※)に保存しておくことは、自分、というよりブロガーとしての使命だと考えて、ブログを書き続けてきた。
 つまり「自分は理解しているけど、世間一般の人は知らないような情報に関して説明する」ということを、わりと強めの使命感をもって続けてきたつもり。
※Twitter等のSNSのように、新しい情報がどんどん流れてきて、古いものはすぐに忘れ去られる「動的な場所」の対義語として。

 「自分が理解していることを、いちいち他人に説明する」って面倒くさい。しかし、知的資源を持っている人間がそれをやらなくなると、文化っていうのは滅びる。
 はっきり言って「頭が良くて、知識豊富な人」の大半は『ケチ』だ。

 なんでだろう?

 いくつかパターンがあるんだけど、一番多いのは「自分さえよければいい」と考えている人だと思う。知的資源の豊かな人は(芸術家等を除いて)その資産によって優良な就職先に勤め、あるいはそういった企業を経営し、不自由なく暮らしている。
 そういう中で「は?なんで金にもならないのに、俺が知ってる情報を共有しないといけないの?」という感覚は普通だ。だいいち面倒くさいし、その上「知っている人しか知らない情報」を共有するという事は日本の「階級社会(自分にとって有利な社会)」を崩壊させることにもつながる、いわば「損しかしない行為」だ。

 僕には「無駄な義憤心」みたいなのが昔からあって、彼らのケチっぷりが許せなかったこともあり、佐藤優の著書を読み乍ら、現状の階級社会の維持に抵抗するために「階級社会」つまり「資本主義的社会」を超えた世界について興味を深めていった。

 その中で、今一番尊敬しているのは町山智浩さんであり、富田正樹牧師である(佐藤優も尊敬してるけど、本を出し過ぎ!)

 町山さんは、旧来の「曖昧で主観的な映画評論」を否定し、素人にも分かりやすく過去の名作映画について解説してくれている(YouTubeに多数動画あり)
 「過去の名作=古典」になんか興味がない、という人はそれで良いよ。なにも理解しないで人生を終えるというのも選択肢の一つだ。

 富田牧師はキリスト教という「日本人」特に「現代に生きる日本人」にとっては理解しがたい聖書(主に新約聖書)について熱心に研究され、現代=科学的に進歩した社会で、それらをどう解釈すべきか、教会に集まる人に説いている(これもYouTubeに多数動画あり)
 日本基督教団という大きな組織に入っていながら、おそらくその中でも煙たがられるような(笑)聖書解釈を、信者と共有し、その上で彼らと議論もしている。

 尊敬すべき点をザクッと言うと、

 町山さんは「自分は知ってるけど一般的には知られていない事」をめんどくさがらずに大衆に説明してくれる部分

 富田さんは「現代では理解しがたい聖書の内容」についてできる限り科学的に説明・共有し、信者と議論もする部分

 こういった事は、常人には出来ない、誠に尊ぶべき事だと思う。

 上記の二人乃至三人に共通するのは「資本(知的資本)の共有(分配)を実践している」ということだ。で、よく分かっておいて欲しいのは「共有」ってのは「そもそも知ってる人」からすれば、相当にめんどくさいことだ、ということ

 「経済的資本の共有(分配)」がめんどくさいというのは、つまり貧乏な人にお金を上げるってことで、それがしんどいってのは大体誰にでも分かる。でも「知的資本の分配」となると「減るもんじゃなし」と思ってはいないだろうか?
 確かに知識は減らないよ。でも共有のためにかかる時間は?研究し、話をまとめ、原稿を書き、信者の前で話す。信者がどんなトンチンカンな質問をしても、最後まで聞き、真摯に答える。
 他人のために時間を割くというのは、場合によってはお金を払うよりもしんどかったりするものなのだ。

 で、上記の人たちはそれを厭わず、貴重な時間を割いて「知的資本による格差」という「階級社会」にかかわる問題を是正しようとしている。

 こういう人たちこそ、尊敬すべき人間だと思う。

 実は先日、富田牧師にお会いする機会が与えられ、直接、お話しすることが出来た。
 そこで僕は「この人のように生きたい」と、結構マジメに考えた。それは直接「キリスト教徒になりたい」という事ではない。
 「他者を受け入れ、そのためには自分が恥と思うようなこともオープンに話す誠実な人」だと思ったから。

 まあ僕はなんだかんだ言って、自分の父親の事は嫌いではなかったし「あーゆー風に生きるのもアリかなー」と思ってたんだけど、今回、富田牧師と会って結構明確に「この人のように生きたい」と感じた。

 私自身はクリスチャンではないし、特に洗礼を受けたいとも考えていない。ただいわゆる「Something Great」という「神のような何か」は存在しているのかもしれない、と思うし、そう思った方が人生を送るうえで多少なりとも救いがあるようには感じている。
 つまり「隠れて悪いことをやっていても、神様は見ている」反対に「自分の苦労や悩む姿を、神様は見てくださっている」という感覚は、生きてゆく上での安心感につながると思う(一国の宰相がモラルを放棄して居直っているような、今の日本では特にそうだと感じる)
 また一方で「キリストは死なず、今も十字架にかけられたままで、我々が犯す罪のために苦しんでおられる」と思うことは、今の日本における罪悪感の希薄化に対する歯止めになるだろう。

 そんな感じで、新約聖書にわりと傾倒している所為もあり「富田牧師のように生きることが出来たら」と思うのだった。

 だから、今まで持っていた「自分の使命」に加えて、今まで半ば馬鹿にしていた「生きる意味」について、今は肯定的に受け止めている、という話です。

※この記事はfacebookに投稿したものを元に構成を若干変更し、加筆・修正したものです。

 
(出版の順序は、資本論→階級論だけど、読む際には階級論→資本論の順の方が分かりやすいかも。水曜どうでしょう@四国における「逆打ツ」ってやつですね)
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2020年03月09日

奥さんに「多分初めて」怒られた話

Pop is dead.
 現在、東京での新居確保でバタバタの日々。4/30に入居することは決まってるので、本当に時間との闘い。

 そんな中、入居の審査がどうしても通らない物件があって、僕は心底から怒っていた。
 自分の貯蓄額や職務経歴、東京なら年収1,000万円は稼げるであろう経験を示し、賃借契約期間の24か月分、家賃を前払いしても良い、という究極の部分まで譲歩したのに、首を縦に振らない。

 何が不満なのか?
 何を求めているのか?それについても具体的に述べない。のらりくらりとオーナー審査を徒に引き延ばしているだけ。さすがの私にも火が付いた。

 しかし、貸主が賃貸契約を一方的に断ることについては、法律上認められており、拒否理由の説明責任もない。
 しかし、ここまでの譲歩案を提示しているにもかかわらず、あいかわらずノラリクラリとされていては、これはただの「いやがらせ」だ。この時期、不動産の空き物件はどんどん埋まってゆく。1日どころか1時間の戦いである。

 あまりにも理不尽で不誠実な対応に憤り、私は不動産業者を介して「法廷で戦えないのであれば、超法規的な手段を取らざるを得ない」というメッセージを出した。

 で、奥さんに怒られた。「本当に思っていた事でも、文字にすることで暴力になるんだよ」と言われた。結婚して初めて、怒られたと思う。不倫したときには殴られたけど、言葉では怒られなかった。

 今まで僕のやることを全面的に受容してくれた奥さんに、初めて怒られた。反省するとともに、嬉しい気もする。
 ま、つまりノロケだ。
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2020年03月02日

棄教したった。

Pop is dead.
・先祖から伝わる仏教(浄土真宗)を棄てた。
・理由は、日本の仏教僧があまりに怠惰だから。
・佐藤優は、仏教が世界宗教になりにくい理由として「テキスト(仏典)が多すぎて読破出来ない」という事を挙げています(新潮文庫「いま生きる階級論」p120~121)

・確かにそれもあるでしょう。しかしそれ以前に、僧侶の怠慢ってのが、僕は許せない。

・キリスト教の宣教師はポルトガルから、わざわざ極東まで布教に来たんだぜ!で、かなり間があくけど19世紀には聖書の一部を日本語訳して出版している。
・対して仏教はどうか?「西遊記」の世界では、中国のお坊さんが教典をもらうために、危険を冒しながらインドまでわざわざ行くんだよ?つまり総本山は飽くまでも「待ち」の姿勢なんだよね。Wikipediaをチラ見しただけの浅い話で言うと、布教ってのをマトモにしたのはチベット仏教くらいなのかな?

・実に不遜で怠惰。「布教」てのは『折伏』まで行くと迷惑だけど、多少煙たがられるくらいの布教活動は宗教にとって相当重要な活動だと思う。仏教はキリスト教と比較して積極的にそれをしなかった、というのが僕からの一つの批判点。

・あと、最大の不満は「日本人の仏教僧」の愚かさと怠惰ぶりである。梵語を中国語に訳した教典を音読みして、それを「お経」として唱え、檀家から金を巻き上げている。
・檀家(信者)のいったい何割が、その教典の内容を理解しているのか?理解できてる人って、例えば葬儀で言えば参列者の1%をはるかに下回ってると思うよ?

・で、日本人の僧は「それでいい」と思ってるんだよね。もちろん本を探せば日本語訳も手に入るんだろうけど、それを積極的に紹介することもないし(そもそも教典が多すぎるし)
・例えば葬儀の時に、その日に唱える「お経」の内容を易しく解説したリーフレットを参列者に配る、程度のことすらしない。簡単な解説を口頭でする人はたまーにいるけど、ほとんどの場合「誰にも意味の分からない漢字の音読みを唱えて黙って帰ってゆく」のが坊さん

・で、葬儀会場に来るときは軽自動車で来て、普段はベンツのSクラスに乗ってるんだよね。

・たしかに日本人のほとんどは仏教徒なので「処理するので手一杯=役所みたいな状態」だということも理解できる、だったら、それぞれの寺がお金を出し合って、布教と教義説明のための研究所を作って、リーフレットの作成なりやれば良いじゃないか。Sクラス買う金があったら、そっちに回せよ!
・廃仏毀釈とかいう馬鹿なことがあって、仏教が大変だった時期がある、ということは分かる。でも、それは現状の日本仏教界にとって免罪にはならないよ。

・もっとちゃんとしろ!

・その一方で、僕は「ファンシイ・ダンス」なんていうお坊さんの映画が結構好きなんだけど、あそこに出てくる僧の作法って「モーゼの十戒」くらい原始的で幼稚なものだとも思う。

・そんなわけで僕は仏教を棄教した。

・大体、般若心経にしたって「全ては無である」と言いながら極楽と地獄はあるわけでしょう?支離滅裂だよ。加えて、前世の徳によってどのレベルに転生するか決まるって「全ては無である」と矛盾しまくりじゃん。単純に「全財産を寺に寄付しろ」という、今の悪質な新興宗教と変わらないメッセージだと思う。

・仏像は工芸品として好きだけど、仏に祈ることは今後一切ないと思う(というか、もともと無神論者なので神社仏閣で真面目に祈る、という経験はほとんどないんだけど)

・じゃあ何教徒になるの?と問われると「無宗教」なんです。

・ただ、徳島北教会の富田牧師とお会いする機会に恵まれ、後日徳島まで行ってきます。富田牧師は日本キリスト教会の中でも超リベラルな人で、それこそカトリック教徒が聞いたら卒倒するような話をする人です。言い方を変えると「信徒に隠し事をしない、嘘をつかない人」だと感じています。高等批評を踏まえた上で、信徒に、誠実に話をしている。
・僕にとって今の時点で、町山智浩や佐藤優と並んで「尊敬している人」が、富田牧師です。

・ただ洗礼を受ける気もないし、正式にキリスト教徒になろうという気持ちも(今のところ)ありません。でも「神( Something Great )」の存在は信じかけているし、新約聖書を座右の書として生きていきたい、という気持ちは持っています。
・そんなわけでまあ実質、他人から見ると「キリスト教徒」になるのかな。

Masaki Tomita ( YouTube )

・偉そうに書きましたが、私は宗教史・仏教史には全く詳しくありません。前段での仏教批判は、今まで仏教上の儀式に何度か列席した自分の体験と感想からきたものです。事実誤認がございましたら、コメント欄にてご教示いただければ幸いです。
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2020年02月24日

やっぱり「自分が生きる」べき場所っていうのはあるんだなあ。

Pop is dead.
・先週末は住居物件の内見で東京へ行ってきた。
・帰り、東京でJRを一旦降りて丸善で英和辞典を購入。父親から引き継いだものがいい加減へたって来たので探していたのだ。辞書についてはAmazonでは買えない、実物を見なければ、と思って丸善まで行ったのだけど、結論としては「どれも同じような物」だった。
受験向けの辞書か、そうではない一般的な辞書か、という程度の差
・結局、父が持っていた辞書が研究社のものだったので、同じく研究社の収録語数の多いものを選んだ。
・値段を見間違えて5,000円だと思ってたんだけど、レジで「8,800円です」と言われて動揺した。値段見間違えてた!
・結局その8,000円の辞書を買ったんだけど、広辞苑より高いじゃないか!
・「日本人として、国語辞典より高い英和辞典を持っている」というのは、なんか屈辱的だなあ。

・で、東京駅の丸の内口付近を歩いていて「東京にいると『生きてる』って感じがするなあ」と口にする。
・東京に来るたびに思う。
・奥さんから「なんで?」と問われ「町が生きてるから」と応える。
・そうだな、町が生きているというか町が常に変化し続けているから、かな。
・とにかく、僕は今までしょっちゅう私用で東京へ来て、新幹線を降り、日本橋口から出て空気を吸うたびに「ああ、俺は生きてる!」と感じた。最適なBGMは、ベタベタだけど、ピチカートV「東京の合唱(コーラス)」か「東京は夜の七時」、あるいはクチロロ「tokyo」

・やっぱりここが「自分がいるべき場所なんだな」と確信した。

・年明け以来、気力低下がひどかったんだけど、今回東京に行ったこと、それから引っ越し業者の手配等をしてゆく中で、だんだんと「活動する」というペースが出来つつある。
・引っ越しは梱包作業も含めたパックにしたので、やることは限られている。一応3月末をマイルストーンにして、不用品処分、粗大ごみ回収業者の手配、インフラ系の移行手続き、それから車を売る手配さえしてしまえば、それでOKかな。
・あーそれからベッドは向こうで買いなおすから、その事前手配が必要だな。今度東京に行く時に、適当な場所にニトリがあったら手配しておくか。

・で、今回見に行った物件が偶然「犬飼育可」だったので、もしかしたら犬を飼うかもしれない。特段犬が好きというわけでもないのだけれど、もともと私は自堕落な人間なので、休日の生活サイクルというのがめちゃくちゃなんですね。
・鬱と診断されて休職し「毎日が休日」になってからは自重しているけど、それまでは土曜の朝起きてすぐに焼酎飲み始める、くらいのダメ人間なんですよ。
・普通は子供が生まれることでそういう部分を律するようになるんだろうけど、うちには子供がいないので、僕は僕自身が子供のように、勝手で適当に生きている。
・犬がいると、世話をしないといけないから、そういうわけにも行くまい、と思うわけですね。ある程度決まった時間に餌をあげ、散歩もしなければいけない。
・そういう自分を律するため、悪い言い方になるが「道具」として犬を飼っても良いかなあ、と思い始めている。

・ただ犬を「買う」という選択肢はないので、引き取り手のない犬をもらってくる、という事になり、そうなると部屋で買える小型犬っていうのは難しいかな、とも思っている。
・まあここら辺はどうなるか、全く未定の話

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2020年01月04日

名刺とか名前について

Pop is dead.
・ある一定の年齢(20代後半)になれば名刺、というものを携帯しておくべきであろう、と思う。
・すべからくそうすべし、という程ではないけれど、やはり自分が「何者か」を示すカードを持っておく事に、意味はある程度あるだろう。
・ただ、その場合、受け取った名刺の内容によって相手の心理が透けて見える、というのがある。

1.「会社の名刺」を出す人
 危機感なしというか、まあ、これは結構普通の人のタイプですけど。後々に何かあった時に厄介

2.「本名の名刺」を出す人
 これ、僕自身のことなんですが、危機意識はうすい。ただ、直接会った人に対して「直接会うことを決めたという事は、それなりの信頼関係を築けると思ったからですよ」というサインでもあるんです。
 僕の場合、本名、住所、携帯番号まで書いてあるから「あなたを信用していますよ」という事です。

3.「ハンドルネームの名刺」を出す人
 まず言いますけど、嫌いです。特に、本名を併記せずにハンドルネームだけの名刺を出す人に対して、僕は信頼感を覚えません。携帯番号くらい書いてあれば良いんだけど、こっちが本名を名乗っているのに、リアルで会ってもハンドルネームで押し通す人が、どうも、僕は苦手ですね。

・あと、ハンドルネームで呼ばれるのも嫌い。これは大嫌い。

・というのは(僕によるハンドルネームの付け方に問題があるのだが)「ラスティー」とか「リスティー」って呼ぶ人が居るんだけど、違いますから。本名で読んでくれよ。
 ※伊丹十三が「チャールトン」を「チャールストン」を読む事を誤りと指摘したのと同じ理由です。無理に呼ぶなら「ルスティ」でしょう。

・じゃなきゃ、正当な呼び方=エルエスティーワイ。とちゃんと呼んで欲しい。

・略すなら「スライ」か「エルちゃん」で結構。
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2019年12月30日

人生の後半に「座右の銘」を得る、という残酷さについて。

Pop is dead.
・「座右の銘って何かありますか?」という質問は、比較的一般的なものだと思う。

・私も、齢五十を目前として、ようやくそのような言葉を持つことになった。
・最近出会った言葉ではない。恐らく20年以上前に初めて眺めた言葉だ。
・そう。「眺めた」という表現が適切だと思う。文字列として認識はしたが、それを自分に当てはめて考えることなど、なかったように思う。つまり知ってはいたが、それから20年もの間、その言葉から目を逸らし続けてきた。

「おまえが思ってるほど、おまえはたいしたやつじゃない」

・これが、その言葉だ。

・つげ義春「紅い花」小学館文庫版に記してある。
・ただしこれは、つげの言葉ではない。糸井重里による解説文の冒頭に登場する一言である。

・最近、ふと思い出したのだ。この言葉を。どの本のどこに書いてあるかさえ忘れ去っていたこの言葉を。
・この歳になるまで、この言葉を自分に向けてこなかった自分の愚かさと、なんというか人生の残酷さのようなものを感じる。

・この言葉は、全ての人にとって真実である。そして、この言葉を自分に向けることから、全ては始まると言っていいだろう。

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2019年12月17日

ゆめうつつ

Pop is dead.
・朝、奥さんが仕事に行くとき「行ってきます」という。僕は力なく、手を振る。
・その時から「夢うつつ」の時間が、3時間以上続く。
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2019年12月15日

Webに失望したものの。

Pop is dead.
・YouTubeも、事業用にして「LSTY」というハンドルネームとの紐づけを無くした。
・無くしたままでいいのか、いつかつなげた方が良いのか、よく分からない。

・にしても、薬の所為か、性欲がない。
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2019年12月02日

きみたいにきれいな女の子

Pop is dead.
・「人生で、もう出会う事はないだろうな」と思うような美貌を持つ子と、二度、恋に落ちたことがある。
・ただ彼女たちは「見た目だけで言い寄られる」とか「老い」に対する恐怖心が強い。

・僕は運よく、男前でもない普通のオッサンなので、そんなこた関係ないんだけど「もてるのも大変なんだろうなあ」とか「現状が美しければ美しいほど、それが崩れることに対する恐怖デカいんだろうなあ」とか思った。

・ピチカートVはそういう「チヤホヤ」から「ほってけぼり」になってくような感覚を絶妙について、いい歌を出してるね。

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2019年11月19日

「趣味を仕事に」という言葉について、僕が思うこと

Pop is dead.
・「趣味を仕事に」よく聞くフレーズ。僕の子供の頃の夢は「おもちゃ屋さんかお菓子屋さん」だった。
・しかし私が大学生だったころは「就職氷河期」と言われた時代で、とにかく内定の出た職場に就職するのがやっとのこと
・とはいえ、今の職場に入るにあたっては「大学の友達に『うける』職場に就職しよう」という気持ちも強かった。「え、お前、XXに就職するの!(笑)」というリアクション欲しさに決めたような気もする。

・で、なんか結果的に子供の頃の夢にまあ近いような業界に身を置くことになった訳です。
・しかしね「趣味」を「商売」にすると、その「趣味」のことが嫌いになる、ということがよく分かった。

・つまりその好きなことの裏側、汚い部分が分かってしまうので、嫌になってくるんだよね。しかも、組織に属する限り、その「汚い部分」を取り除く事は非常に難しい。労務に関する問題なら労働組合が解決に向けて動いてくれよう。しかし、商売の根幹にある「汚い部分」これは違法/順法にかかわらず、忌むべき現実を受け容れ続けなければいけない。

・だから「憧れの業界」に入ってみたら、中身は散々だったという事が、よくあると思う。

・あとは個人事業主として起業する方法もあるんだけど、ここにはリスクが付いてくる。だいたい、新卒で起業できるような資金力と企画力、プレゼンテーション能力の高い人間など、日本に何人いるか。

・でまあ、29歳まで趣味とは関係ない仕事で働いて蓄財して「趣味を仕事に」してみよう。多分、失敗するよ。「趣味は仕事じゃないから趣味なんだ」ってことを思い知ると思う。

・で、僕は今「シンセサイザーと(北インドっぽい)カレーの店」をやろうとしてる。シンセも趣味だ。料理もまあ、趣味というか好きだ。でもいわゆる「カレーマニア」みたいな感じではなく、カレーについて実はそんなに思い入れはない。

・じゃあ「カレー屋」を何で選んだのかというと「骨法さえ知れば、ごく短時間でそこそこうまいカレーが作れる」と知ってしまったからですね。

・一方シンセの方は、これは割と純粋に趣味の範囲ですよ。でも、自分がシンセを使って何か演奏するとかね、そういうんじゃなくて「シンセサイザーのユーザーを拡げたい」んだよね。だから、カレーを食べに来たお客さんが、一定時間、シンセを好きにいじれるようなスペースを作りたいなあ、と思った。
・自分で演奏するわけじゃないから、嫌いにもならない。今まで通り、シンセ好きの不器用なおじさんで居られる。

・ちょっと蛇足だけど、僕が作るカレーは「手抜き」ですが、うまいです。そして「化学調味料」無添加です。そこは守る。味の素が日本人の味覚を破壊した、という感情があるので(ただこれは、ただの感情であり、感傷だ。事実を裏付けるデータなど持ち合わせていない)

・で、まあシンセはねえ、触ったことない人に触って欲しい。アナログシンセなんか、マニュアル読まずに大体の感じでいじれるから。で、シンセっていうのは僕の商売においては「付加価値」に過ぎないので、事業の根幹には触れない。なので、趣味のままで居続けてくれよう。

・そんなこんなで「趣味を仕事に」と考えている人は逆に「仕事にしてしまったら、趣味が苦痛になりはしまいか?」という事を一度、考えてみた方が良いと思います(当然その前に「この趣味を仕事にしただけでオマンマが食えるだけの稼ぎができるのか」って検証が大前提ですよ)

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2019年11月16日

お初天神の境内に「常夜燈」があったころの話

Pop is dead.
・子供の頃、父母と「常夜燈」というおでん屋に何度か行ったことがある。
・あの店が、まだお初天神の境内にあった時代だ。
(中島らもの著作に出てくる「常夜燈」は、多分あの時代の店だと思う)

・あの店も、どういうわけか分かれてしまって、梅田と、中津に二つの店がある。いずれも佳いおでん屋だが、中津の店(豊崎本家と名乗っている)の蛸は見事だった。

・で、その昔の話だが、我々が食事している時に、何人連れかの客が入ってきた。それを店は「今日は満員ですんで、すんまへん」と言って断った。まあ、よくある話だ。

・その時、父がたしか「あれ、ヤクザやな。」と一言言ったのを覚えている。
・確かに、店の中を見ると空席はまだある。相手を見て「この店に入れていいかどうか」を判断した上での「NO」だったということか。
・子供ながらに「店を『守る』というのはこういう事なのか」と感じた。

・自分で店を持ってみよう、と考えたときに、このことをまた思い出した。
・「店を守る」という「この店にふさわしい人にだけ入ってもらう、そして店もその期待に応える」という事は、なかなか難しいものなのだろうなあ、と漠然とではあるが考えるのだ。

・こういった逸話は三谷幸喜脚本のドラマ「王様のレストラン」の第一話にも出てくる。飲食業で、特に接客をやっている人には是非見て欲しいというか、見なければならない作品だと思う。
(実際、田舎に住んでいると、そこそこ格式の高いレストランでも、接客の内容がひどすぎる、というケースはままあるのだ。例えば今日の料理について詳しく説明できない、皿数を合わせるという基本的な考え方を知らない、など)

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2019年11月14日

大学名を書く学生さん Rev.2

Pop is dead.
・それこそ10年以上前に、まだブログがたくさんあったころに、一つのことに気付いた。

・ブログの運営には大抵ハンドルネームを使っていて、自分の住所とか、所属組織・団体については具体的に明かさない、というのが通例だったんだよね。IT企業の社長や重役を除くと、まあ所属に関して明かしているのは少数派だった。

・ところが、どうもね、僕がいろんなブログを見ている中で「慶応大学在学中」っていう自己紹介が結構多いな、と思ったんですよ。他の大学名を自己紹介欄でほとんど見たことがない。でも「慶応」はチョコチョコ見かける。

・で「慶大生はそんなに学歴ひけらかしんたいんかい!」みたいなね、極端に言えばそういう事をブログに書いたんですよ。
・というか正確には「慶大生を名乗りながら、内容が幼稚極まりないブログが多いんだけど、それって学歴をひけらかしながらも、慶応の名をおとしめてるよね」という事を書いたんだ。

大学名を書く学生さん: あんたジャージでどこ行くの

・そうしたらそれを真面目にとって、えらく怒ってた人が居たなあ、とか思い出しましてね。

・これは何となく感じるだけなんだけど、慶応ってWebとかコンピュータに関する研究を割と先回りしてたのかなあ、と思うんですよ。で、Webという文化とも親和性が高く、そもそもブログを持っている学生の絶対数が、他校よりも多かったのかも知れない。
・さらに「就職活動時に、ブログの内容をプロフィール的に活用できるかもしれない」と考えた学生も多かったのかもしれない(こういうのコズルイな、と僕なんかは感じるんだけど、まあそれは各人の価値観の問題)

・それとやっぱり、これは昔から言われてるけど慶応ってファミリー意識強いんだろうね。幼稚舎からあるからなのかなあ。
・やっぱり「学閥」とかいうと、慶応の結束力って相当強いんじゃないかなあ、と、これほんとになんとなく感じるだけなんだけど。
・だから敢えて「慶応大学在学中」ってわざわざブログに書いてたのかなあ、とか、さっき思い付きました。

・て、これ全部、当該記事のブックマークコメントに書いてあることなんだけど、なんかさっき思い出したので書いておく。

以上

補足:当該記事のTB欄を見ると、Googleでの大学名検索結果が出てきます。ただ、ヒット数=ブログ数ではないので、ちょっとどうだかわかりません。
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2019年11月11日

Amazonの対応があまりにひどいので公取委に報告した。

Pop is dead.
【後日談】
・11/15に「システム上のエラーにより売上げが引き当てられていたことが分かりました」と連絡があり、確認したところ引当金は0円になっていました。0円?じゃあ今まで引かれてた引当金って何だったの?とか思うんだけど、まあお金は全額返ってくるようです。
・いずれにせよ「これはあまりに不当では?」と思った場合には個々人でそれ相応の対応をすべく、おすすめします。

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・インターネットで「Amazon 引当金」で検索すると悪い話が出るわ出るわ。

・私の場合、10月の半ばから売上金の全額が「引当金」としてAmazonに支払う形になっていて、つまり10月以降の売上が一銭も支払われない、という状況です。

・問い合わせても「現在調査中」のいう定型文が毎週自動的に送られてくるばかりで埒が明かない。で、公取委に告発することにしました。

・一応書いておくと、僕は預託金として「引当金」を保険のように払うことに関しては、ある程度理解しているつもりです。しかし売上金額全額を何の根拠も示さずに差し押さえるみたいなやり方は許せない、と考えています。
・加えて、数年前からAmazonマーケットプレイス(マケプレ)を利用している出品者は「引当金」を支払っていないようなのですね、どうも(これはWeb上での情報)その場合、もう一つ問題がある(下記文面の再後段に記述)

・同じようなひどい目に遭っている人が居るかも知れないので、参考のために文面を残しておきます。
・ただ上記のように、引当金自体の存在は、僕は否定していません。「適当な額」を「出品者全員」に請求していれば大きな問題とは考えない(ただ手数料の中に定率で含めた方が明朗会計だけどね)

・蛇足だけど、この場合「告発」じゃないんだよね。辞書を調べたら告発っていうのは、被害者・加害者以外の第三者が訴えることなんだね。今まで知らなかった。

デジタル・プラットフォーマーに関する取引実態や利用状況についての情報提供窓口

※重大な注意:「こんなテンプレートを作ったから、みんなで送れ!」というメッセージではありません。
 明らかに不当だと感じた場合には、公取委に相談したほうがいいんじゃない?ってことです。
 こういうメールをいたずらに送りまくると公取委にしてみれば公務の妨害になるし、Amazonからすれば威力業務妨害、嘘の申告をした場合には偽計業務妨害になる。「明らかに自分に理がある」と思った場合に限って、下記を参考にしていただければと思います。

(以下、送信した本文。ただし一部修正しています)
 *年*月以降、*出品者名*(以下、甲)に対してアマゾンジャパン合同会社(以下、乙)より、売上金の支払いが行われていない。

 なお、ここでいう売上金とは、*年*〜*月に、甲が乙を通して第三者(以下、丙)へ販売した代金から乙へ支払う手数料を差し引いたものである。

 売上金の額は*であるが、それと同額が「引当金(乙側の預託金と考えられる)」として、甲から乙への支払額となっており、結果、支払金額が0円と示されている。

 引当金について、乙は、保障申請(乙を通じて甲が販売した商品の瑕疵によって生じた保障)および払い戻し(商品の返品)のためとしており、発生する理由としてはアカウント健全性に問題がある(甲に対する丙からの評価が低い)としている。

 ただし、甲のアカウント健全性には問題と思われる点が一切ない(丙からの返品や苦情等は一切ない)

 その他「出品用(甲の)アカウントに関連するパフォーマンスの問題や不審な活動」が見られた場合に支払いが遅延するという説明もあるが、その際は「パフォーマンス通知からAmazonからのメールを開いて詳細を確認できます」とある。

 つまり事前に通知されると明記されているが、通知は全く来ていない(末尾、参考URL参照)

 現在、甲のアカウントは「審査中」になっており、上記の問題も含めて甲が乙に問い合わせたところ「出品者様のアカウントに何らかの審査やお知らせがございます際には(中略)パフォーマンス通知にて担当部署より通知がございますため(後略)」と電子メールにて返信が来たが、上述した通り、乙から甲に対して、当件に対する通知は全く来ていない。
(下記問い合わせ後の*/*現在も、通知は行われていない)

 よって詳細な理由を説明するよう、甲は*/*、乙に対して*/*までに一連の説明をするよう求めたが、未だに回答はなく、毎週「現在も調査中」という定型文が電子メールで送られてくるにとどまっている。
(なお、上記のような理由から甲は乙に多大な不信感を持ったため、乙における商品販売を一時的に停止している)

 これは明らかに民法 第四百十五条違反(債務不履行)であり、さらに独禁法 第十九条[同法 第二条の(9)の五のロ](優先的な地位の濫用)に当たる行為であると考えるため、ここに告発する。

 また旧来から甲と取引をしている出品者については上記「引当金」を徴収していないという情報も散見され、それが事実であれば同じく独禁法 第十九条[同法 第二条の(9)の六のイ]にも抵触すると考えられる。

参考URL:https://sellercentral.amazon.co.jp/gp/help/help.html?itemID=19301&language=ja-JP&ref=mpbc_200384690_cont_19301
(以上)

補足:アマゾンジャパン合同会社殿:御社の利用規程「出品者利用規約および出品者行動規範」および「出品者の禁止活動および行為、ならびに順守事項」を確認しましたが、上記のような情報を公開することについては、特に禁止されていないと判断しました。もしも当記事の掲出が不適切な場合、当該する規程を具体的にお示しください。早急に記事公開を停止します。
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2019年10月21日

10/20記(かなり体調悪い)

Pop is dead.
 昨日の記憶ほぼなし。11時ごろ起床

 キュイジナートのフードプロセッサーが届いたので、玉ねぎ2(アーリーレッド小+普通の玉ねぎ大)、大蒜2かけ・生姜1/2をこれで「おろして」カレーを作る。トマト小3もこれで細かく切る。
 しかし「おろした」状態の玉ねぎを炒めるのは難しい。難しいというか「頃合い」が見極めづらい。
 KALDIで買ってきたガラムマサラ(製造元はギャバンとなっていた)を15g入れても辛みを感じないので、礒五郎のガラムマサラを2.5g足したら、辛くなりすぎた(最終出来高1,050g程度)

 しかし、御飯とともに食べるとそうでもない。ギャバンのガラムマサラ20gというのが妥当な量なのだろうか。それくらいマイルドにして、辛いのが好きな人用に礒五郎の缶をテーブルに置いておく、というのが適当なのではないか。

 やはり生トマトを使うと妙な甘みが出る。半量をイタリア製のカットトマトにしてはどうだろうか。

 ご飯は、普通の白飯に、ジャスミン米、それにクスクスなど選べたら楽しかろうと思った。ただ、クスクスは作り置きが難しそうだ。
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2019年06月20日

深海魚のこと

Pop is dead.
・今日はさすがに疲れた。気持ちの抑揚が、頭と体に追いつかないような日だった。

・さっきまで、足蹴にされ、それでも執拗に腹にキックを入れ続けられているような気分で、でも自分では何ともしようのないような、ただ永遠に蹴り続けられなければいけないし、それはそれで仕方ないのだろうか、というプライドも何もない、今までの人生で味わったことのない気分の中にいた。
・そういう、人生の底の、さらに底の抜けた奥深くに居たのだけれど、なんか蜘蛛の糸につかまってするすると地上に上がってきたような気分がする。

・一日のうちに、ここまで激しい気分の沈み浮きを経験することなど、そうはないだろうと思う。
・今、すごく救われた気持ちであると同時に、疲労困憊している。釣りあげられた深海魚がすぐに死んでしまう理由が分かる。心にかかる水圧が急変すると、心だけではなく、からだに来る。
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2019年06月18日

映画を見て泣く日記と、B1A4のBaroが可愛いという話

Pop is dead.
Pop is dead.・もう3年前になるのか。
・映画館にシン・ゴジラを見に行った時に、ロビーに中高生みたいなのがたくさんいて、どうも彼ら、彼女らはアニメを見に来ているようなのだった。「アニメかよ、ガキかよ!ゴジラ見ろよ!」と思った。
・その時、そのガキどもが見たのが「君の名は。」である。松竹じゃなくて東宝の。

・後日、何かの機会があってその作品を見る機会があったのだけど、不覚にも泣いてしまった。
・で、また先日見直して泣いてしまった。最後の階段のシーンの前、電車がすれ違うシーンね、たまらない。
・階段で二人がすれ違うシーンは「こういうの嫌だな」と思う。なんか、何だろう、みんな素直じゃないよね。最近どうも、そういうのがすごくイヤなんだ。

・で、新海誠つながりで「言の葉の庭」のエンディングテーマ、秦基博の「Rain」を数日前から何度も何度も聴いている。
・ちょっと古い感じの歌だな、と思ってたら大江千里なのか。いい歌だけど、秦基博の声で聴きたいなこの歌は。

・最近はB1A4のBaroに御執心で、YouTube見まくってるんだけど楽曲的に良いと思うのは「Who are you」くらいかなあ。北京原人じゃないよ。
・Baro見たいのなら「Tried to walk」でしょうかね。
・しかしBaroはラッパーなのね。見た目は可愛いのに、声が意外と太い。女の子からするとそこがGAP萌えポイントなんだろうな。

・日曜は奥さんを駅まで迎えに行って、近くの店で食事。Baroの写真見せて「すごく可愛くない?」みたいな話をする。普通の夫婦だとこういう話はしないのかも知れない。
・酒を飲み過ぎてあんまり記憶がない。

・そういう感じでダラダラ過ごしていて、やっぱり映画見て泣くの良いな、と思って「街の灯」のラストシーンなんか見て、この際だから思い切ってフェリーニの「道」を出してきた。
・「道」を見たというか、ジュリエッタ・マシーナを、ジェルソミーナを見た。あの映画見て泣かない男いるのかね。何あの映画、美しすぎるだろ!
・ジェルソミーナ!!

・でも若い頃、この映画を見てたらどう思ってたんだろう。僕は多分、結婚してから見たんじゃないのかな。で、結婚して10年以上が経って、いつでもいつまでも僕のことを愛してくれる奥さんがいて、この映画を見る。だからいくらでも泣けるけど、若い頃見たらどうだったろうか。
・多分あんまり分からなかっただろうな。愛されることの幸せについては麻痺してたようなとこあるし。
・「髪結いの亭主」も、最初見たときには泣かなかったんじゃないのかな。あの映画見て泣かなかったとはねえ。


・しかしバロの可愛さよ。

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2019年06月15日

クソ田舎には何もない。

Pop is dead.
クソ田舎には人が居ない。
あるのはアルファードだけです。
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